996+4、その4
彼の元で、捕虜としての生活が始まった。
といっても、おれが背負っている
少しの間、おれを殺さない。たとえば、おれが彼について知るまでの間。
そんな曖昧な口約束は、一体誰の下で、その効力の発揮に関わるのか。問われれば、おそらく誰もが「彼だ」と答えたのだろうが、当の本人は、それを明らかにしていなかった。
つまり、いつ死の宣告を受けるかはわからないけれど、「少なくとも今ではない」。それが、今の
宙ぶらりんの捕虜のやれること、することと言えば、年の近い相手の少ない、彼の話し相手をすることくらいだった(ちなみに、この「年の近い相手が少ない」というのは、おれと彼の年の差より、仲間たちと彼の年の差の方が小さいことに由来する冗談だ。彼を見習ってみた)。
彼も、それなりに暇そうだった。とても、その声一つでおれの命を左右できるようには見えない。軍は、おれが来るまではてんやわんやだったが、千年待った相手がとりあえず来て、手中にある以上、備えるべきものはなくなったとのことだった。おれに関すること以外の本務も、今は訓練が中心で、あまり仕事はないらしい。来るべき戦いに備えているのだと、彼は言った。
なんだか変な感じだ、と思った。この家に来るときに聞いた、人間と魔法使いの殺伐とした争いの片鱗はない。それどころか、人間たちはおれを悪者として扱うこともなく、気さくに話しかけてくるものさえいた。いくらおれが抵抗しないとはいえ、そして殺すなという命令が下っていたとして、こんなに平和な軍でいいんだろうか。
「ていうか、息子か……」
彼の家に来て二日目、彼は、上から下まで、表から裏まで、じろじろとおれを見た。
「母親はいるのか?」
「知らない。顔、見たことない……」
彼は顔をしかめた。彼はよく、この、顔のパーツ全部をぐっと中心に寄せたような顔をする。
「あいつは、なんで死んだんだ」
おれはうつむいた。
「人間に殺されちゃった」
組んだ指先で、関節をこする。
「でもしょうがないよね、父さんは、きっとそれだけひどいことをしてきたんだから……」
「……そうか」
彼は、はあと深くため息をついて、突如その場に座り込んだ。
「どっ、どうしたの⁉ お腹痛い⁉ おれ、よくお腹痛くなるから、治す魔法だけはすぐに使えるんだ。お腹痛いの、嫌だよね。待ってね、えっと、手順は……」
「……なんか、毒気が抜かれるなあ」
膝の上に置いた腕の中から、彼は、ちらと視線だけを上げた。
「カエル、焼いて食ったりする?」
「カエル⁉ 食べないよ⁉」
それを聞いて、彼は首をぐっと横に倒した。
「ますます変な感じが……」
「カエル、食べた方がいいの? お腹が痛いのに効くの?」
「いや、できれば食べないでいてほしい」
顔を上げた彼は、困ったような笑顔を浮かべていた。笑顔の種類が、意外と豊富だと思った。
「君があいつの息子らしくないって、そういう話」
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