魔法使いの友達

「ごめん、ごめんね。ごめん」

「彼」の言葉が、シアルの言葉が、流れ込んでくる。逆らえなかった。

 知らなかったのだ。

 うわごとのようにその人の名前ばかり語っていた父だけでなく、また「シアル」にとっても――父の存在は、支えだったのだ。

 傷つけたかったわけじゃない。でも、それ以外に方法を知らない。だから、あなたが憎いことにしたかった――たとえそこから、本来の目的が失われてしまっても。

 死んでしまっても、心に残っていたい。

 命を奪われるのと同等に、互いの心を奪っている。

 憎いか、憎くないか、好きか、嫌いか。それだけで生きていくには、あまりにも世界は複雑だった。

 魔法使いは、生まれ変われない。

 生まれ変わってしまう人間は、死んでもなお、その魂で、もうどこにもいない人を求めていた。

 どこにも行けないから、どこかへ連れ去ってくれと。それが、あなたならいいと。

 心の底から、願っていたんだ。

「ああ」

 なんて馬鹿だったんだろう。そんなこともわからずに、おれは君の真ん中にナイフを突き立てた。父を、人間に売った。

 父の願いを叶える機会も、「彼」の魂を救う機会も、ミチルを解放してやる機会も、全部、奪ってしまった。

 あなたをもう、あなたが一番会いたい人に会わせてあげられない。

「ごめん、ごめんね。ゆるして」

 そしてできれば――死んでもおれを、赦さないで。



「ねえ、愚かな僕の魔法使い」

 火は燃え盛っていて、おれの背筋は恐怖で粟立つばかりで、彼の命は失われようとしている。

 おれにできるのは、唯一――唯一まともに使える、痛みを和らげる魔法をかけることだけだった。

 おれは彼の手を握りしめて、じっとその目を見つめていた。

「あの時と、同じ言葉を言って」

「あの時?」

「ほら、あの時、海で言ったじゃないか……」

 おれはまたせり上がってきた嗚咽を、必死に飲み込んだ。

 ねえたぶん、それは海ではないよ。父から何度も聞いた。あの忘れっぽい父が、絶対に間違えなかった記憶。赤い家の下、土の上での話。

 脆弱で、既に生きてもいない人間の記憶が曖昧なのは当然で。きっと「彼」には、その言葉と、海の日の出来事が印象的だったのだろう。

 そんなにぐちゃぐちゃになってでも、その言葉をおぼえている。

 そして、おれも同じ言葉をミチルに言った。でもその身体の中にいるのはもうミチルよりも「彼」の方が勝っていて、求められているのはおれの言葉じゃないとわかる。

 おれは笑顔を作った。

「『僕たち、友達になろうよ』」

 遠い日の、約束。千年を超えた呪いに、それでも霞まなかった言葉。

 愛を知らない父が、唯一恋をした相手。

「いいよ、ミチル」

 目の前の青年が、嬉しそうに笑った。

 ああ、苦しい。苦しくて、涙が止まらないよ。

 君はもう、おれを見てはくれないだろう。おれの名前を、呼んではくれないだろう。

 魔法使いは生まれ変わらない。

 もうこの世界、この未来のどこにもいない父を思って、同じ名前の彼だけを思って、死んでいくのだろう。

 ねえ、じゃあ、「君」はどこにいるの?

 おれを見つけた、おれと話した、あの「君」は、どこへいってしまったの?

 細い指を、握りしめる。

 お願いだ。返事をして。何度でも、何度でも、喉が潰れても、首の骨が砕けても、おぞましい思念だけになってしまっても、その名前を呼ぶから。

 でも、もう、どの名前を呼べばいいか、わからない。





 その日、一人の青年が死んで、たくさんの人間が怪我をして、一人の魔法使いが、姿を消した。

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