996+4、その6

 二十日目、ミチルは話をしてくれた。

 それで、今までのミチルのいくつかの反応の、謎が解けた。

 そのころには、おれはかなり、人間たちの家で暮らす生活になじんでいた。

 最初は捕虜として部屋でじっとしているつもりだった。だがそれではただ世話を焼かれているだけにすぎない状態になってしまい、申し訳なくて手伝いを申し出るようになった。彼の家の使用人たちはみな忙しく、細かいことを――おれが魔法使いで、この軍の捕虜だということを――気にしないらしく、穏やかで、優しい人たちだった。次第に、おれは自然と彼らの中に混じって雑用をするようになり、ミチルと話すか、大きな家の中の家事を手伝うか、部屋でぼんやりと外を眺めているか、そんな生活の流れができあがっていた。

 言い忘れていたが、いつも彼と話すのは、とある大きな部屋でだった。人の出入りの気配がないそこには、金色や赤色の調度品が詰め込まれていて、縫い合わせた布のようなものが散らばっていた。くにゃりと折れた形のソファは、人間の外見年齢でいえば二十に届かないぐらいのおれの足を伸ばしても、まだ生地が続いていた。形さえ真っ直ぐなら、寝床としても使えただろう。物置みたいで古臭い部屋だって人が寄り付かないんだと、ミチルは言っていた。

 ミチルは話してくれた。ミチルは、ただのシアルの子孫ではなかった。彼の、生まれ変わりだというのだ。

 へえ、とおれは声を上げた。本当にそんなものがあるのだと知った。

「千年後」と言った呪いが、いかに強固なものだったかを思い知らされる。

「都合のいいことに……いや、悪いことなのかな。俺にあるのは、シアルの、生まれてから『ミチル』と別れて、そのあと二年間ぐらいの記憶だけだ。その後のことは、さっぱり」

 ということは、父に関する、一番記憶の濃い部分が残っているということになる。けれどミチルは、シアルの記憶や思念の全てを持っているわけではない、というところを強調した。

「だから、俺と『シアル』は別人だよ」

 そういう割に、君は父について親しげに語るよね。そう言おうと思ったが、飲み込んだ。なんとなく、その方がいいと思ったからだ。

 ミチルは足を大きく投げ出し、頭の後ろで手を組んでいた。

「結局、最初に殺されたっていう祖先も、最初にあいつと約束をしたっていうその息子もいなくなって、千年前に呪いをかけた男の思念だけが、今に残ったんだな」

「でも、それって素敵じゃない?」

 ミチルが身体を起こした。

 おれはクッションの上に肘をついて、呪いの軌跡を思い浮かべた。

「結局、父さんの魂に残ったのは、楽しみでも享楽でもなく、絶望だったんだ。このあと千年も生きなければいけないという、奈落に落ちるような哀しみ。その方が、何かを楽しみにするより、運命的で素敵だよね。殺すとか、殺されるとか、物騒な話題じゃなかったら、もっとよかったなとは思うけど……」

 はっとして言葉を切る。後ろ暗い語彙を肯定的に語るのはよくない。人間はそれを好まないと、父が言っていた。だから自分を真似するなと、笑顔で語っていた。

 そろりと、ミチルに視線を移す。彼はまた、顔をしかめているかもしれない――

 ところが予想に反して、ミチルは不快そうな表情はしていなかった。

 むしろ、優しい目だった。

 ああ、知ってる。今日の話で、わかった。

 それは、おれを通して父を見ている時の目だ。

 おれはなんとなく、目をそらした。ミチルは気に障った様子もなく、一つ、あくびをしていた。

 彼は、自分は「彼」ではないと、言い張るけれど。

 その目はたまに、彼の身を借りているように、父を見る「彼」の目をしている。

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