耳の形
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あの子が言った言葉を、顔を、よく覚えているよ。
お前の名前は、って聞かれたんだ。血がたくさん流れている身体の横にいて、僕はその子の裾が汚れてしまうのが気になってたんだけど、お構いなしにあの子は聞いたんだ。
驚いた。僕は名乗ったよ。
そうしたらあの子は、こう言ったんだ。
忘れないからな、絶対に殺してやる。今は無理でも、末代まで語り継いで殺してやる、って。
すごい顔をしてた。涙とぐちゃぐちゃの、泥みたいな怒りと憎しみと。
僕は嬉しかった。名前を呼んでくれたこと。一人の魔法使いとして、覚えようとしてくれたこと。とてもとても嬉しかったんだ。
誰も、僕の名前を呼んではくれなかった。
知ろうとはしてくれなかった。僕は何処へ行っても『迷惑な魔法使い』だった。
はじめて、あの子が、僕の名前を呼んでくれたんだ。
千年も生きていたくなかった。早くどこかに消えてしまいたかった。
誰にも混ざれないし、誰とも友達になれない。僕が楽しむことを、人間たちは怯えた目で見たし、逆に僕にはとても醜く、おぞましく思えることを、彼らは平気でやってのけた。
ううん、これは言い訳かもしれないね。僕は、誰かと一緒にいることが、怖かったのかもしれない。
どこにも居場所がなかった。どうして魔法使いに生まれたんだろうなんて、もう頭が千切れそうになるぐらい考えた。
でもね、あの子が。
あの情熱が、はじめて僕に気持ちをくれたんだ。まだ誰かと関わっていたい、そう思う気持ち。死にたくないと、思わせてくれたんだ。
結果、あの子はもう死んでしまっていたけれど。少し、逃げ回りすぎたかなあ。
でも、君に出会えた。
シアル、君はとても素敵な人だね。
途中から、僕のことを知ってるって空気がしたけれど、そこには、憎しみとも哀しみともとれない不思議な強い感情があった。
時々、骨を砕いてしまうような憎しみの視線を背中に感じたし、と思えば、親に縋りつく雛のように、僕の光の粒を見つめていることもあった。
一体、君は何を考えていたんだろうね。
それを知ることができないのが、心残りだよ。
君は、素敵な人だったよ。
魔法使いだから友達にはならない、とは言わなかった。
僕みたいなのは嫌われているのを知ってたのに、君自身疎まれていたとしても、今僕と一緒にいることで更にそしられるとわかっていても、君は僕を知らんぷりしなかった。
それは多分ね、君が憑かれモノと呼ばれていたから、君が僕に仕返しをしたかったから、ではなかったと思うよ。きっと、関係なかったんだ。
呪いと言われる僕の手を、振り払わなかったね。
僕の名前を呼んでくれた。知ろうとしてくれた。
僕のせいで怖い目にあっても平気なふりをして、布団に入ってから、眠りながら泣き出して、僕がその頭を撫でても、まだ泣いていたね。
ああ、さっきはちょっと言いすぎてしまった。自分を可哀想に思いたいから僕を突き放さないんだろうなんて。
そうじゃない、君はそうじゃなかった。
ただ君自身の心で、僕を拒絶せずにいたんだろう。僕を嫌いながら、呪いながら、僕の身を案じてくれていた。
君はほんとうに、すごいやつだ。
僕はたぶん、君に恋をしていたよ。
猫を好きになったり、人魚と付き合ったり、太陽に嫉妬したり、これまでも色々色々あったけれど、きっと恋をしたのははじめてだった。
君の耳の形が好きだった。
抱きしめて、呪って、君がほしいものはなんだってとってきてあげたいけど、そうではないんだね。
僕は、僕が一番ほしいものを、あと千年、待たなければいけないんだね。
ひどいよ、君はその永さを知らないだろう? この先永遠に知ることはない、その枷を、無邪気に僕には架せるんだ。
でも、ううん。千年なんて、あっという間だ。退屈で、退屈で、たまに遊んで、また退屈になって、お腹が減って、きっと君と食べた生き物や欠けたパイのことを思い出すね。
でもどうしてだろう、今の僕には長く、とても長く、めまいがするほど長く感じられるんだ。
会いたい人に会えないというのは、こんなにもつらいんだね。
だからお願い、千年後には、きっと会いに来てね。
次、君に会ったら何をしよう。何を、してあげられるだろう。
僕の命と引き換えに、君の希望を全部叶えてあげたい。君が望むもの、ほしいもの、好きなもの憎むもの疎ましいもの、全部僕が用意してあげたい。その最後には、そっと首を垂れて、君にこの永いだけの呪いのかたまりを差し出そう。
君はそれを、どうするのかなあ。
君を待つ間を。迎えに行くまでを。あと、千年を。
どうやって過ごそうか。
ねえ。
大好きな友達に会えないのはとても寂しいよ、シアル。
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