耳の形

**


 あの子が言った言葉を、顔を、よく覚えているよ。

 お前の名前は、って聞かれたんだ。血がたくさん流れている身体の横にいて、僕はその子の裾が汚れてしまうのが気になってたんだけど、お構いなしにあの子は聞いたんだ。

 驚いた。僕は名乗ったよ。

 そうしたらあの子は、こう言ったんだ。

 忘れないからな、絶対に殺してやる。今は無理でも、末代まで語り継いで殺してやる、って。

 すごい顔をしてた。涙とぐちゃぐちゃの、泥みたいな怒りと憎しみと。

 僕は嬉しかった。名前を呼んでくれたこと。一人の魔法使いとして、覚えようとしてくれたこと。とてもとても嬉しかったんだ。

 誰も、僕の名前を呼んではくれなかった。

 知ろうとはしてくれなかった。僕は何処へ行っても『迷惑な魔法使い』だった。

 はじめて、あの子が、僕の名前を呼んでくれたんだ。


 千年も生きていたくなかった。早くどこかに消えてしまいたかった。

 誰にも混ざれないし、誰とも友達になれない。僕が楽しむことを、人間たちは怯えた目で見たし、逆に僕にはとても醜く、おぞましく思えることを、彼らは平気でやってのけた。

 ううん、これは言い訳かもしれないね。僕は、誰かと一緒にいることが、怖かったのかもしれない。

 どこにも居場所がなかった。どうして魔法使いに生まれたんだろうなんて、もう頭が千切れそうになるぐらい考えた。

 でもね、あの子が。

 あの情熱が、はじめて僕に気持ちをくれたんだ。まだ誰かと関わっていたい、そう思う気持ち。死にたくないと、思わせてくれたんだ。


 結果、あの子はもう死んでしまっていたけれど。少し、逃げ回りすぎたかなあ。

 でも、君に出会えた。

 シアル、君はとても素敵な人だね。

 途中から、僕のことを知ってるって空気がしたけれど、そこには、憎しみとも哀しみともとれない不思議な強い感情があった。

 時々、骨を砕いてしまうような憎しみの視線を背中に感じたし、と思えば、親に縋りつく雛のように、僕の光の粒を見つめていることもあった。

 一体、君は何を考えていたんだろうね。

 それを知ることができないのが、心残りだよ。


 君は、素敵な人だったよ。

 魔法使いだから友達にはならない、とは言わなかった。

 僕みたいなのは嫌われているのを知ってたのに、君自身疎まれていたとしても、今僕と一緒にいることで更にそしられるとわかっていても、君は僕を知らんぷりしなかった。

 それは多分ね、君が憑かれモノと呼ばれていたから、君が僕に仕返しをしたかったから、ではなかったと思うよ。きっと、関係なかったんだ。

 呪いと言われる僕の手を、振り払わなかったね。

 僕の名前を呼んでくれた。知ろうとしてくれた。

 僕のせいで怖い目にあっても平気なふりをして、布団に入ってから、眠りながら泣き出して、僕がその頭を撫でても、まだ泣いていたね。

 ああ、さっきはちょっと言いすぎてしまった。自分を可哀想に思いたいから僕を突き放さないんだろうなんて。

 そうじゃない、君はそうじゃなかった。

 ただ君自身の心で、僕を拒絶せずにいたんだろう。僕を嫌いながら、呪いながら、僕の身を案じてくれていた。

 君はほんとうに、すごいやつだ。


 僕はたぶん、君に恋をしていたよ。

 猫を好きになったり、人魚と付き合ったり、太陽に嫉妬したり、これまでも色々色々あったけれど、きっと恋をしたのははじめてだった。

 君の耳の形が好きだった。

 抱きしめて、呪って、君がほしいものはなんだってとってきてあげたいけど、そうではないんだね。

 僕は、僕が一番ほしいものを、あと千年、待たなければいけないんだね。

 ひどいよ、君はその永さを知らないだろう? この先永遠に知ることはない、その枷を、無邪気に僕には架せるんだ。

 でも、ううん。千年なんて、あっという間だ。退屈で、退屈で、たまに遊んで、また退屈になって、お腹が減って、きっと君と食べた生き物や欠けたパイのことを思い出すね。

 でもどうしてだろう、今の僕には長く、とても長く、めまいがするほど長く感じられるんだ。

 会いたい人に会えないというのは、こんなにもつらいんだね。

 だからお願い、千年後には、きっと会いに来てね。

 次、君に会ったら何をしよう。何を、してあげられるだろう。

 僕の命と引き換えに、君の希望を全部叶えてあげたい。君が望むもの、ほしいもの、好きなもの憎むもの疎ましいもの、全部僕が用意してあげたい。その最後には、そっと首を垂れて、君にこの永いだけの呪いのかたまりを差し出そう。

 君はそれを、どうするのかなあ。


 君を待つ間を。迎えに行くまでを。あと、千年を。

 どうやって過ごそうか。


 ねえ。

 大好きな友達に会えないのはとても寂しいよ、シアル。


**

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る