第1話 秋雨前線停滞中
「おい、遼太郎。文化祭で展示する写真のテーマは決まったか?」
ボクの所属するカメラ部の先輩、3年生の古屋敷巡先輩がカメラを弄りながら尋ねてくる。
前髪が水平で、丸いフレームの眼鏡を掛けて、常に首から一眼レフカメラを掛けているような先輩だ。
高校生の癖にパチンコが好きな変わり者である。(本人曰くゲームセンターでしかやってないとのことだが、真偽は不明である。)
「おーい、どうなんだよ」
「ちょっとまだ決まって無いですね〜。正直ビビッとくる物がないというか…」
「確かにな〜、この町パッとしねーもんなぁ。自然が豊かって言ったってよぉ〜、毎日見てたら飽きるぞそりゃあ。なぁ」
そうである。
ボクの住むこの町は正にパッとしない。東京まで電車で片道2時間、ボクの家から最寄りの駅までは徒歩で片道3時間。この高校にも自転車で山を越え、1時間近くかけて通っている。
そしてボクもこの町と同じようにパッとしない―――
授業が終われば先輩と二人で目的もなくカメラ部の活動をただ無意に過ごすだけ。
勉強だって出来るわけじゃないし、運動なんてもってのほか。
「先輩こそテーマ決まってるんですかぁ?」
「まぁいつもどおりちょちょっと風景切り撮ってちょちょいのちょいよ」
カメラを弄る手を止めて、先輩は指をタスクのように振りながら答えた。
「高校生活最後の文化祭、それでいいんです?」
ボクは訝しい雰囲気を出しつつ尋ねる。
「オマエも来年になりゃわかるよ~」
そう言って席を立ち、先輩は手を振りながら部室を後にした。
「わっつ?ちょっと先輩!今日も何もしないんです?!」
ボクは席を立ち、先輩を追いかけようとも思ったが、意味もないので諦めてイスに座った。
机に突っ伏すと、ほっぺたにあたる机が、やけに冷たく感じた。
「寒っ。寒すぎてサムソン・ティチャーになった…サムソン・ティチャーになったぁ!!」
―――そう独りごちるしかなかった。
※※※※※※※
ガチャ
部室から出ると、まだ18時前だというのにあたりは薄暗くなり始めていた。
つい先日10月になり、衣替えをしたばかりだというのに、なんだか凄く寒く感じた。
そんな気候がより一層、ボクの心を陰鬱にさせるような気がした。
「ねぇっ!」
急に呼び止められた。
聞き慣れない透き通ったハリのある声。
振り返るとそこには、一人の少女が立っていた。
距離にして約1メートル。
「な、、なんです?」
かろうじて返答できた。
初対面の女子との会話。何を話せばいい?
そもそもなんで呼び止められたの?怒ってます?
どなた?かわいい!?小柄だなぁ。
前髪長くない?
意味のない思考がぐるぐる巡ってボクの邪魔をした。
「あの…さっきそこの部屋から、えっと…サムソン・ティチャーって聞こえて…あの、えっと…サムソン・ティチャーってあのサムソン・ティチャー…?」
さっきのハリのある声とは裏腹に、彼女は俯きながら小柄なリスのように言葉を紡いだ。
「えっと、そうだと思う。あのサムソン・ティチャー。アシュラマンの家庭教師の…」
ボクも戸惑いながら、なんとか返答する。
すると彼女の表情がパァッと明るくなった気がした。というのも、前髪が長くて彼女の表情が正確に読み取れず、推測の域は出ないから…
「プ…プロレス…好きなの、、、?」
さっきよりも明るい声での彼女の問い。
「うーんどうだろう?プロレスは、嫌いでは無い…かな。父の本棚にさ、『キン肉マン』があって、ボクの知ってるプロレスって正直それだけなんだよね」
「そっか…」
彼女は明らかに落ち込んで見えた。
小柄なリスからもっともっーと小柄なリスになったみたいに見えた。
「でもでも!興味はあるよ!プロレスって絶対面白いよね!キン肉マン達超人の闘い!あれが現実で観られるんだと思うと、つまんないわけないよねっ!」
ボクは慌てて苦し紛れに付け加えた。
「そうっ!プロレスって凄いんだよっ!命懸けの闘いが、現実で、目の前で観られるんだから!ホントなんだから!」
彼女は興奮したように1歩前に乗り出し、元気いっぱいなリスみたいに見えた。
その際にちらりと見えた彼女の目はぱっちりと大きくて、まつげも長く、そしてそして、透き通るほど透明な肌をしていた。
―――可愛いな
純粋にそう思った―――
すると急に彼女は、天敵に出会ったみたいにバッと後退した。
急にすっごくすっごく小さなリスみたいに丸くなってしまった。
「あ…あの、、、か…顔に、何かついてます…か…?」
彼女はすっごく恥ずかしそうに問いかけてきた。
マズい
彼女に見惚れてしまっていたようです
ボク
「ボクは遼太郎、羽柴遼太郎」
慌てすぎて自己紹介をしてしまいました。
会話になってないよね、これ。
「私は…甘神甘楽(あまがみかんら)…です」
キョトンとしながら俯きながら、彼女も精一杯に答えてくれた。
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