第一章 おっさんと少年、リタイアもモテ術も夢のまた夢~要するに日常とオサラバ~

第1話 ああ遠き平穏の日々よ。

 あれから半月の時が過ぎた。

 誘拐されかけた少女エリカと、その幼馴染ヤンの保護者となってしまった俺は、実に面倒な日々を送っていた。

 よく考えてみてくれ。自慢じゃないが俺は浮浪者だ。そんな俺が保護者になるってなんの冗談だ、と思わないか? 定職にも、定住もしていないこの俺が、だ。やれ二人の住居がどうの、身分証がどうのと細々した書類制作の度に呼び出され、最近では貧困街からの移動が面倒この上ないので維持局局舎の裏手に勝手に住み始めた。


「それはそれとして、俺が身分証とか住むと事か欲しいんだけど」

「えー? じゃあ家に住む?」

「絶対イヤだが」


 今日も今日とて書類作成のために呼び出された俺は、目の前でスラスラと仕事を片付けているリアに物申した。そしたらバカみたいなことを口走りやがったので断固拒否しておく。 

 

「おっかしいなー。大抵の男は私の誘いを断らないんだけど。私ってそんなに魅力ない?」

「魅力の問題じゃなく、危険な香りしかしないからだ。それに俺の好みは俺を甘やかしてくれるお姉さんであってお前みたいなガキに興味はねえ」

「えー私めちゃくちゃ甘やかすよ? 毎日ハグとキスの嵐だよ?」

「必要以上のスキンシップは求めてねえ」

「枯れてるなあ」

「そりゃおじさんですから」


 冗談の押収を続けつつも、仕事をこなすリアは曲者ぞろいの維持局員の中でも飛び抜けて優秀だ。フィールドワークもデスクワークも圧倒的な存在感を放つコイツは、もはや維持局になくてはならない人材だろう。

 そして現在。なくてはならない人材パート2となりつつある奴が、俺の隣でもりもり書類を捌いている。

 つい先日、克服者となったばかりのエリカだ。


「リア、こっちの書類整理終わった。あとこの案件――」

「ああそれね。担当が違うって言ってるのにうちに回してくるから嫌んなるよ」

「なるほど。なら、こうしたら……どう?」

「おー? その手があったか! いいねいいね採用しよう! いやー君が来てから仕事が捗って助かるよ、本当にありがとうね!」

「役に立ったなら、嬉しい」

「えらいえらい! どっかのおじさんは全然手伝ってくれないし、脳筋野良犬君は机に向かった瞬間ショートしちゃうし、ほんと助かるんだからっ!」

「返す言葉もない」


 二人が眉をひそめて書類の山を見る。そこにはペンを握り締めたままだらしない表情でヨダレを垂らして寝ているヤンの姿があった。むにゃむにゃと口を動かし、時折リアの名前を呼んでいるところを見るに、幸せで都合のいい夢を見ているのだろう。二人の眉がこれ以上にないってくらい釣り上がった。俺は知っている。これは雷が落ちる前兆であると。だから俺はなるべく存在感を消して、書類に書き込みを続けた。




 二人の雷を見届け、家(徒歩一分の家賃ゼロ円物件)に帰ると、頭にたんこぶを作ったヤンとぷりぷり怒っているエリカがついてきた。これもここ数日で恒例となった光景だが、どうして二人が俺についてくるのか理解できない。


「それで、俺がモテるために出来ることってなんだと思う?」


 これも毎日聞かれる質問だ。だから俺はいつもこう答える。


「諦めろ」


 と。


「なんでだよ! 俺はちやほやされたいだけなのに!」

「リアさんにプロポーズしておいてモテたいって割と最低」

「俺もそう思う」

「それとこれとは全く別だ!」

「最低」

「俺もそう思う」

「真面目に考えてくれよおっさん!」

「と言われてもなあ」


 こんなくだらないやりとりの間にエリカが火を起こし、コーヒーを淹れ始めている。俺よりこのテントに精通しており、誰が主人かわからなくなる。

 ……こんないい女が近くにいるのに、コイツは何を贅沢なことを言ってるのだろうか。若さとは度し難い。


「まずは自分の悪いところを直すところからだな。一番に……清潔感。お前、ちょっと臭うぞ」

「風呂入ると感覚が鈍るんだよ」

「ああ、俺が悪かった。まずは人間になるところからはじめよう」

「列記とした人間ですけど!?」

「匂いのきついとか、見た目からして不潔なのはマイナスだろ、エリカもそう思うよな?」

「論外」

「よかった。お前らの村でコレの感覚が標準でなくて」

「流石にひどくね!? おっさんだって髪もヒゲもぼさぼさじゃん!」

「俺は別にモテる気はねえけど。風呂はちゃんと入ってるぞ」

「不潔には見えない」

「嘘だろ、俺がおっさんごときに負けた?」


 勝手に盛り上がって勝手に沈むヤンを横目に、エリカの淹れてくれたコーヒーをいただく。ああ、温度もちょうど良く身体に滲みるぜ。


「そもそもなんでお前はモテたいんだ?」

「……それには深く長い訳があるんだ」

「あ、じゃあいいわ興味なくしたし」

「ボクも興味なし」

「あれは……そう、物心ついた頃のことだ」


 どこまでもマイペースに自分の話を始めるヤン。

 やれやれ、聞かないといっても話すんだから始末に負えない。聞くふりして適当に流しておくか。

 エリカは興味ないのかヤンの話が始まる前からテントに入って寝てしまった。

 お前はお前で恥じらいというものをだな。男一人で寝起きしている巣で簡単に寝るなよと思わずにはいられない。その辺りの肝の座り方にだけはこいつらに同郷の匂いを感じるよ。




 



 

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