最終話 どうしてこうなった
それから数日後のこと。
呼び出された来た帝維持局前にて、仁王立ちするリアの前に俺とヤンは立っている。
「……残念だけど、君の入局はなりませんでした。貴殿の今後一層のご活躍をお祈り致しますっ!」
「明るっ!?」
「見事なまでの不採用通知だな、ご苦労さま」
「やーどうもどうも」
あまりのショックに階段中央で崩れ落ちるヤン。周りの連中は何事かと足を止めるが、いちいち反応していたら逆に喜ばぜてしまうんだ、ここは無視が最良の選択だよ局員の皆さん。
「不採用の理由はなんですか?」
なおをも食い下がるヤンに、面倒になった俺は現実を教えてやることにした。
「人間性の問題だろ」
「俺全否定! いやいや俺明るいじゃんめっちゃ人当たりいいじゃん。自分で言うのもなんだけど体力には自信あるし、将来有望だと思うんだけど?」
「自分で言うなよそんな事、恥ずかしくないのか?」
「だから前置きしたでしょーがっ!」
「えーこういうのって内部査定だから明かしちゃいけないんじゃなかったかな?」
「そこをなんとかお願いしますよ! 試験の結果ですか、能力の問題ですか? 解決できるものなら今すぐ解決しますのでどうか!」
突然媚びへつらうようにリアの足元で頭を下げる。なんだか靴まで舐めそうな勢いだ。なんだこいつ変態か?
「まあ、別にいっか。入局年齢が18だからだよ。君、今年で16だもんね」
「絶対解決できねえやつじゃねえか」
「くっ……時には、抗えないのか」
「いやいや君年齢ごまかそうとしてたでしょ。ダメだよそういうの、うちのボスは嘘とか騙しとか大っ嫌いだから」
「なんだ、やっぱり人間性の問題か」
「だ、だってリアさんと一秒でも長く一緒に居るためにはこうするしかなかったし、仕方ないじゃないか!」
なんともまあ、小っ恥ずかしいことを真顔でよく言う。
ほら見ろ、リア真っ赤じゃねえか。免疫ないんだからやめて差し上げろ。
「リアさんと一秒でも長く一緒に居たかったんだ!」
「追い討ちかけるなこの色ボケ小僧」
「可愛いかったからつい――痛ったっ!?」
割と本気でぶん殴っておいた。惚れた女を困らせて楽しむバカがどこにいるってんだ。
「お前って本当残念な奴だな。モテないのも納得だよ」
「だからおっさんが俺をモテ男にしてくれるんだろ?」
「……そんな約束、した覚えがないんだが」
「え?」
「え? じゃねえよ。そもそも俺はお前の面倒も維持局にも関わる気もねえから」
「それは困るかな?」
思考停止してたリアが話に割り込んでくる。
「ややこしくなるから話に加わるなよ」
「えーだってインリェンは合格だもの」
「なんで受けてもない試験に合格してるんですかねえ、リアさん?」
「あっれえ? おっかしいなあ?」
「ちょ! ずっけーぞ! 俺も入る、リアさんと結婚する!」
「ど、どさくさに紛れて何を言い出すかな君は!?」
「だーっもうめんどくせえなお前ら! 俺を巻き込むな!」
俺の周りでぎゃあぎゃあ騒ぎ出す二人。俺の怒りなんて意に介さず言い争いを始め頭が痛くなる思いだ。
「”面倒なお前ら”にボクは含まれてる? インリェン」
そこへ第三者の声が届いた。瞬間あれだけ騒がしかった二人が黙る。
俺はため息をつき声の主に向き合って、答えた。
「含まれてるに決まってるだろうが、エリカ」
局舎から現れたのはエリカである。見事だった藍色の髪は今は銀に染まり、肌には未だ出血斑。申し訳程度に巻かれた包帯はところどころ血が滲み、道行く局員は誰も彼もが彼女に奇異の目を向けている。
しかし、彼女は生き残った。地獄のような苦しみを耐え抜いた。
今エリカは笑っている。穏やかで優しい表情で。痛みや恐れを
「身元引受人になってくれるって言った」
「大変不本意ながらな」
これはリアに頼まれたことである。維持局預かりにするのは構わないが、身元引受人として関わって欲しいと。当然断固お断りしたが、報酬があると聞かされれば頷かずにいられない。いくらリタイアしたとは言え先立つものは必要なんだ。
だが一応俺にも理由はある。それはこの三人を監視出来るからということだ。成り行きとは言えこいつらは俺の秘密の一端を知っている。簡単に口を滑らすような連中ではないとは思うが注意するに越したことはない。
いざとなったら――。
「じゃあボク”たち”の面倒、よろしく」
「……まて。”ボクたち”だと?」
「うん、ボクとヤン。あれ、聞いてなかった?」
「……ヲイ、維持局員さんよ。これは一体全体どういうことか説明を求めたいんだが?」
「えーいやそれは、ねえ?」
会話の途中からそろりそろりと逃げ出そうとしてたリアの首根っこを掴む。小さくなってビクビクしている様は可愛く見えなくもないが、今はそんなこと言っている場合じゃない。
「な、だからおっさんは俺をモテ男にする使命があるんだよ」
「ちょっと黙ってろ残念非モテ童貞小僧」
「どっ!?」
「セクハラ」
「かよわい乙女の前でなんてことを……」
「お前がかよわいなんてタマかよ……さてはてそれじゃあこれからじっくりたっぷり話を聞かせてもらおうか」
「えっと、一つお願いが」
「なんだ、聞くだけ聞いてやろう」
顔を近づけてみる。瞬間的に説得は無理だと悟ったようだ、楽観的にヘラヘラ笑っていた表情が一気に青くなった。
「優しく、してね?」
だからかわいこぶりやがった。なるほど、そっちがその気なら。
「ああ。今夜は寝かさねえぜ」
と、満面の笑みで答えてやった。諦めたリアはがっくりとうなだれた。悪いことをしたという自覚はあるようで、珍しいものが見れた。もう少し弄ったら許してやろう。
「え、なになに!? どう言う意味!? おっさんリアさんを離せ! 嫌がってんだろ!!!」
「ここからは大人の時間だ、帰ってろ小僧」
「はあ!? ふざけんなてめえ! おい、この!!」
「ふふふ。インリェン面白い」
「何笑ってんだエリカ! お前もおっさん止めるの手伝え!」
「やだー」
怒るヤンに笑うエリカ。本来なら見ることの叶わなかった光景がそこにある。
これまで一人でやってきた自分としては騒がしいことこの上ないが、不思議と嫌ではないようで、気が付けば目を細めて連中の戯言を聞いていた。
「インリェン、笑ってるよ」
リアがからかうように俺に言う。
「……本当に厄介な事に首を突っ込んじまったなって後悔してるからな」
「はいはい」
俺には……予感がある。
これから先、長いこと騒がしい日々が続くという確信めいた予感が。
その甘い毒のような夢には俺もリアもいるわけで。
けれど胸を刺す痛みは、今も消えないわけで。
面倒だなと思う半面、ただ生きて死ぬだけだった人生がほんの少し楽しみになった。
んで、おそらく。
このどうしようもなくクソみてえな世界が少しだけ色を取り戻しちまったのはきっと、こいつらのせいで間違いない。
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