第13話 戦いに美学はいらない

 と、かっこいいことを言った時代が俺にもありましたとさ。


「おっさん、おっさーん! 無理無理無理! どうにかしろよこの物量!!!」

「うるせぇ黙れ! こちとらテメエと違って若くねえんだ、余計な体力つかわすな!」

「り・ふ・じ・んっ!!!」

「しぶとい……あぁ本当にしぶとい。嫌ね、害虫は本当に生き汚くて。潔く死になさいよ、その芯まで汚い臓物ぶちまけて!!」

「うひぃーっ!? 俺だけ攻撃の圧がすごいって!!!」


 防戦一方……いや戦いにすらなっていない。人間に雨を避けることはできないのと同じで、俺たちの身体は既にボロボロだ。今もなんとか人間の形を保っていられるのは、雨が刺となる前にゲラルナによる『起こり』を見逃さないようにしているからだ。

 髪を撒き散らす手の動き、直後の刺発生。その瞬間、俺たちがいる位置に向けて刺が発生する。ならその瞬間を逃さず全力で避ければ奴の攻撃は空振るって寸法だ。

 しかし、これには致命的欠点がある。

 それは。


「はあ、はあ……っく」

「おっさんこれ、ヤバイって!」

「わあって、る!」


 一瞬の気も抜けない緊張感、瞬間的な全力逃避。付け加えてゲラルナに攻撃を仕掛けるために針の穴のような隙を探す集中力。全てが俺たちの体力をガリガリ削っていく。野生児のヤンですら息が上がり始めている。今はまだ均衡を保っているが、万が一どちらかが倒れたらその瞬間に終わりだ。


 雨は止まない。刺は四方八方から襲いかかる。俺たちは未だ有効打を一つも与えられず、ゲラルナからは愚か、エリカからも遠ざかっている。

 覚悟を決める時がきたかもしれない。


「小僧! 突っ込め! 真正面から行けっ!」

「わかった!」


 事ここに至り、ヤンは素直に従う。未だ空を舞う刺を全無視で、身体が傷つく事も厭わず。しかし、どれもヤンの速度についていけずに致命傷には至らない。


「くっ!!?」


 かたやゲラルナ。今の今まで線で捉えていたヤンが点となって向かってきたことにより切り替えに手間取りうまく捉えることはできない。これはどんなに戦闘訓練を受けていても必ず生じる隙だ。

 そう、隙がないなら作ってやればいい、これが俺の戦術。この状況の最善手。


「手加減、できねえから!」


 拳の射程距離に入った! 

 密接してしまえば間断ない攻撃も躊躇せざるを得ない。

 その戸惑いが更なる隙に繋がる!

 

 拳が入る――そう思った時。

 ゲラルナの口角が、三日月のように釣り上がる。


「――悪手に決まってるじゃない、そんなの」

「なっ!?」


 ゲラルナの頭髪から伸びている髪が、そのまま刺・・・・・となってヤンを襲う。てっきり頭皮から離れた髪しか操れないと思っていたが、こいつ、この状況になるまでそれが出来ることを隠していたのか。流石はアクアマニア、奥の手はちゃんと用意してあるってことか!


「私の戦い方からして接近戦に持ち込めばって奴はこれまでたくさんいたわ。ここまで肉薄されたのは初めてだけど……ここまできっちり型にはまってくれると気持ちいいわね」

「……ああ、わかるぜ――お互いにな」

「――なっ!?」


 崩れる落ちるヤンの後ろから俺が飛び出すと、ゲラルナはキョトンとした表情をした。それほどまでに俺の行動は予想外だったってことだろう、そうじゃなきゃこの作戦は成り立たない。

 俺は最初からヤンの行動なんてあてにしてねえんだよ。


「とったぜ、お前の腕」

「ヤンを囮に使ったの!? 汚いわ! 離しなさい!」


 ゲラルナの二の腕を両手で掴む。ちょっと力を入れれば折れそうなくらい細く白い女の腕。


「戦いに卑怯もクソもねえ。あるのは勝者と敗者の存在だけだ。そして勝てば勝ったものの全てが正しい。てめえは、負けだ」

「はっ! 私の腕を取っただけで勝った気になるなんてどうかしてるんじゃない? そんなに串刺しになりたいなら今すぐ――」

「いや。お前はもう二度とその能力を扱えねえよ」


 握った手に陰が湧き上がる。

 昏い光を宿したソレは、徐々にゲラルナの腕へと這い出す。

 まるでソレ自体が意志を持っているかのように。


「ひっ!? な、なに? 気持ち悪いっ!!」

「エリカもヤンも気を失い、他人の目を気遣う必要もない。唯一の目撃者たるお前も死ぬほかない。なら、出し惜しみする理由はねえわな」


 陰がゲラルナを覆ったことを確認して俺は気絶したヤンを抱えて離脱する。当のゲラルナは俺たちを放って置いて狂ったように体中を叩くが陰に効果はない。


「何をしたの、あんたっ!?」

「能力を明かすバカがどこにいるってんだ」

「能力って、あんたも克服者!? そんな素振り一度も……」

「そんなことよりいいのか? 陰がお前の身体に染み込んでいくぞ?」

「なぁ!?」


 慌てた様子のゲラルナが身体を見れば、身体中のそこかしこで陰が染みるように消え始めた。手で叩いても払ってもそれらはゲラルナにまとわりついて離れない。やがて全ての陰がゲラルナの身体に入り込み、彼女は肩で息をしながら俺を睨みつけた。


「何をしたの、一体?」

「能力を使ったんでございますわよお嬢様」

「その能力を答えろと言っているの!」

「俺が答えなくてもお前の身体が教えてくれるよ……懐かしい痛み・・・・・・とともに」

「はあ? 全く意味がわからな……っっっ!?!?」


 唐突に、ゲラルナは膝から崩れ落ち、腹部を抱えるように地面に倒れ伏す。俺はただ黙ってその様子を見下ろした。


「こ、これは……この身体中から何かが溶け落ちていくような痛みは……まさか、そんな!」

「そのまさかだよ」

 

 先程までの下卑た笑顔から一変、眉をめいっぱい顰め、目からは滂沱のように涙を溢れさせ、みっともなく鼻水を垂れ流し、歯をガチガチと鳴らしたその表情は。

 怒りも喜びも忘れ、ただただ死を待つだけの病人そのものだ。


「罹患者に戻った気分はどうだ、克服者」

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