第12話 ここから先は帰還不能

「最初は本気で嫌いだったわ。でも私をキレイって言ってくれた、戦いの場であっても女の私を気遣ってくれた優しさがあった。私と結婚して! 子供は三人欲しいわ。老後は二人で家庭菜園でもして静かに暮らしましょう。30過ぎて老けていくのは嫌だから、私が殺すね。標本にして永遠に共に在りましょうね」

「怖い怖い怖いっ!」

「何が? 何が怖いの!? 私、キレイでしょ!」

「キレイだけども! ちょっと近寄らないでもらえます!?」

 

 女が突然ヤンを追い掛け回す。

 その間、当然の如く放っておかれる俺。

 ……あれ、これエリカ連れ去ればあいつの犠牲だけで済むし万事解決じゃね?


「ちょ! まておっさん! 今不穏なこと考えただろ!?」

「そんなことないぞ、末永くお幸せにとしか」

「ありがとう! 私、幸せになる!」

「おい! 何考えてんのあんた!!?」


 何って……エリカの安全? なんて言ったらあいつブチギレるんだろうなー。まあすでにキレてるわけですけども。

 さてじゃあ真面目に対処するとして。どっちにしろエリカの確保は最優先。未だ走り回っている二人に注意しながらなるべく壁沿いを伝って歩く。

 が。


「うお!? 壁もだめか!」


 手をついた壁から無数の刺。避けきれずに何本か掠って鮮血が舞う。 


「油断も隙もないわね。そこでおとなしくしてなさい」

「だーっくそ! 小僧! その女とハグなりキスなり押し倒すなりしてさっさと骨抜きにしろよ!」

「むちゃくちゃ言うね!?」

「おいで坊や、全部受け入れてあげる!」

「ウェルカム過ぎて怖いんだって!」


 手の怪我は問題ないが、地面もダメ、壁も危険となるとますます女の能力がわからない。ただでさえ狂火症の克服者パイロマニアと手を組んでいる別の克服者の存在ってだけで厄介なのに、どの克服者かわからないのは致命的だ。とは言え実は大体察しはついている。ヤンに執着するあの女の言動は、一つの克服者の特徴と完全に一致しているからだ。

 だが俺は認めたくない。俺の想像は想像であってほしいし、なんなら全然別の全く新しい能力者であってほしいとすら思える。

 それほどまでに狂火症と、水溶症の克服者アクアマニアが協力関係にあるというのはあるまじき事態なのだ。


「わかった、わかったからまずは自己紹介しよう! 俺はヤン・アシュフィールド、田舎出身のしがない野生児です!」

 

 あいつ、ついに自分で田舎出身と言いやがった。よっぽど切羽詰まってると見える。しがない野生児ってなんだよ。


「そう、ヤンっていうのね。私はゲラルナ・アシュフィールド。貴方の現在過去未来に至るまでの、永遠の伴侶よ」

「もう俺の苗字名乗ってるよこの人!!」

「良かったじゃないか、念願のモテモテだぞ」

「こういうのじゃないの、俺の求めているのは!」

「贅沢なやつだな」


 ゲラルナと名乗った女は長い髪の毛をかきあげて手を払う。ヤンは彼女の一挙手一投足に怯えているが、俺は一つ違和感を覚える。

 髪をかきあげるのは、まあわからんでもない。浮浪者たる俺も伸び放題の髪をかきあげる時は似たような動作をする。が、手を払うのはなんだ? こう、ぶるっと手についた汚れを払う動作を頻繁に行う。しっとりと濡れたような黒髪で手入れは十分行き届いているように見えるが……。


 はっと閃いた考えに、背中を怖気が走った。

 壁を見た。地面を見た。確かにある。黒い糸、束になっているもの。

 手を払う度にばら蒔いていた、あの女の髪が!


 ゲラルナが髪を握り、毛先を噛んだ。常軌を逸しているとしか言い様のない表情で、ヤンに迫る。


「さあ、一つになりましょう、細胞一片まで愛してあげる」

「愛せるわけないじゃないですか、重いのは苦手なんで!」

「…………は?」


 ヤンの叫びに呼応して沈黙が訪れる。

 三人が三人、お互いを見つめ合い、言葉を発せずにいる。

 

 俺は……ある意味で感心した。

 よくもあの狂気を目の前にして断れるものだと思う。

 常人ならちびりながら仕方なく頷くしかないと思う。

 でもな、お前な。

 その断り方はねえと思うわ。


「キレイって言ったのに?」

「キレイなのは嘘じゃありません」

「優しくしてくれたのに?」

「女性には優しくしろと言われて育ちまして」

「あんなに愛してくれたのに?」

「そんな記憶は……ない、かなあ?」

「……最低」

「お前それはねえって」

「なんで俺が責められるわけ!?」


 声を上げられない方からも怒りの空気を感じるがそこはまるっと無視しておこう。


「……いつもそう。私を好いてくれる人はいつも私を知って去っていく。わかってる、わかってるわ私が重いことなんて。でもいつもいつでもそばにいて愛してもらいたいってそんなに悪いこと? 私は一秒でも刹那の時も一緒にいたいって思ってるだけなのになんでそんなに怖がられるの、そんなに私はおかしいの?」


 ゲラルナが口に含んでいた髪をぎりぎりと噛みちぎり始める。長く艶やかな黒髪はブチブチと切れ、同時に頭をかきむしる。

 髪の毛を辺りにばら撒かれる。

 この霧雨に舞う。


「ヤン! エリカを早――」

「もう、遅い!」


 瞬間、大量の刺が空中に現れ一帯を埋め尽くす。

 こいつの能力は水に触れた髪を刺化すること。

 この天候でこいつの能力は最悪すぎる! 


「全員、原型なくなるまでバラバラにしてやるっ!」


 水溶症の克服者ゲラルナが吼える。

 意志を持った雨が、俺達を襲う。


「死ぬなよ、小僧!」

「おっさんこそ!」


 ここから先は帰還不能。

 克服者との戦いが今、始まった。


 

 




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