第11話 雨霧の路地裏
霧のように纏わりつく雨の中、俺と小僧はひたすらにエリカの背中を追った。オスペダーレは都市だけあってやたらに広く、天にそびえる摩天楼、地下に根差す空間等、完全に見失ったら探し出すことはほぼ不可能だろう。
それなに何故見失ってしまったエリカを追跡できているのか。
それは小僧、ヤンの嗅覚のよるものだ。
「こっちだ!」
先行するヤンが迷いなく路地を曲がる。縦横無尽に駆け回る様は野生動物を見ているようだ。
「本当に大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫、エリカの匂いは独特だから絶対間違えない!」
「…………」
そういうところなんよなーとは口に出さない。
小僧は……ああもう嫌味ったらしくいうのも面倒だから短い本名で呼ぶことにしよう。ヤンが言うには、自身の感覚に絶対の自信がある、らしい。というのも、育った環境はほぼ自然の中で、生きるためには自分の感覚を研ぎ澄ます必要があった、からだという。正直信用できない話ではあるが、ヤンとエリカの住んでいた都会(田舎だろ? と言っても頑として都会だと言い張ったため、面倒なので受け入れた)からオスペダーレまで匂いと触覚だけを頼りに追ってきたというのだ。そういえば確かに最初路地裏でヤンを見たとき、誘拐犯どもとは結構距離の離れた場所から現れたな、と思い出す。しかし、人を探すのに触覚を使うとはどういうことだ?
「なんつーか、その人の残り香っていうか、そこにいたって気配を感じることができるんだ」
なんてほざいているが、それはもう触覚ではなくて第六感的なあれだと思う。詳しくは知らんし、知りたくもない。エリカの二種症例も然ることながら、こいつも対外おかしい。考えてみれば今は雨が降っている中で匂いを追うって普通の動物だってそうそうできる芸当じゃないだろ。
「いた、見つけた! あいつだ!」
「おいおい、ほんとに見つけちまったのかよ……」
何度目かの路地を曲がり、いよいよ都市の中心部に近づいてしまったと舌打ちを打った矢先のことだ。ヤンが発見したと叫ぶ。
この都市は中心に行けば行くほど闇が深く凶悪犯罪が横行し、都市外縁部は比較的治安がいい。故に誘拐犯を追いすがら都市の中央に入ったなら諦めるしかないと一人で決めていた。ギリギリのところではあるが、ヤンの言うとおりずた袋を抱えた誘拐犯の背中を捉えたのだ。
信じられんという思いでヤンを見ると、その目には微塵も疑いなんてない。世の中には克服者でなくとも驚くべき能力を持つ人物もいるとは知っていたが、実際確かめてみると信じられんという気持ちが先行するものだ。
まあ今はそんなことどうでもいい。とにもかくにもエリカの奪還が先だ。
あちこちにある水溜りを避けつつ、俺は誘拐犯に迫る。
「おいあんた! 悪いことは言わねえからその娘を返しな!」
朽ちかけた建物に入ろうとする誘拐犯の背中に声をぶつけた。誘拐犯は驚いたように体を震わせて止まり、ゆっくりとこちらに振り返った。
「……驚いた。今の今に至るまで、追っ手の気配なんて感じなかったのだけれど」
しかし驚いたのは俺たちの方だった。帰ってきたのは涼しげな印象すら与える線の細い女の声。人一人を抱えて逃走する人物がまさかの女だったとは考えもしなかったからだ。
「御託はいい。その娘を返してくれれば手荒なことはしない」
「返さなければ、手荒なことをするって聞こえたけれど」
「ああ、そう言ったつもりだが?」
クスクスと笑い、髪をかきあげる女に俺は妙な胸騒ぎを覚える。なんだこいつ、大の男二人に詰められてどうしてそんなに余裕でいられるんだ?
「おっさん、女の人に暴力はだめだろ」
「じゃああの女がエリカに暴力振るうのはいいのか? 殴る蹴るしてなくても、本人の意思を確認せずに連れ回すのは暴力と変わりねえだろ」
「そりゃそうかもしれないけど」
「あら、そっちの子は優しいのね。お姉さん嬉しいわ。……けど」
とんちんかんなヤンの発言に女は楽しげに笑う。緊迫した状況でそんな風に笑う姿は異様としか言い様がない。
同時に。俺の警戒レベルが最大限に引き上がる。
「あまちゃんは大っ嫌いなの」
「小僧、跳べ!」
「避けろおっさん!」
俺たちは同時に叫んで後方へ跳ぶ。刹那、俺たちが先程まで立っていた場所に細い刺のようなものが地面から無数に生えた。しかも連続で、息つく暇もない!
あんなものに串刺しにされたらひとたまりもないぞ!
「あら、勘がいいのね」
「うひっ!? なんだよこれ!」
「わからん、とにかく足元に注意しろ!」
「ふふっ。初見で避けられるなんて久しぶり。二人同時になのは初めてよ! 少し、遊んであげる!」
手を払うような動作に連動するように地面から刺が飛び出す。
まっすぐ伸びるのもあれば角度がついて伸びるのもあり、避けるので精一杯だ!
せっかく詰めた距離も回避に専念して離れていく。
くっ、めんどうな能力だ!
「これじゃ、エリカを助けられない!!」
「かと言って、突っ込むわけにも行かない。からくりがわからんと、なんともできんぞ!」
今分かっている事といえば女の手の動きに合わせて刺は生えること、生えた刺は一定時間が経つと花のようにしおれて跡形もなくなることくらいだ。生える場所は水溜りに阻害されて確認できない。その上狭い路地なので避け続けるのもしんどい。屋内か、広い場所に誘導できれば戦局は変わるだろうが、アイツがそれに乗ってくるとは限らない。
「ほらほらどうしたの、この娘を助けるんでしょ、どんどん遠くなってどうするの?」
「ち、キレイな上に強いとか反則だぞ!」
「どんな理屈だ!」
「キレイな上に強いって卑怯だと思うから!」
「感想じゃねえか!」
このバカ、リアに一目惚れしたんじゃないのか!? 見ろ、やっこさんの攻撃の手が一層激しく……なってない? というか攻撃が止まっている?
俺もヤンも暴風雨の暇に息を整える。
「……おい、お前のせいであの女怒っちまったじゃねえか」
「俺怒らせるようなこと言ったつもりはないんだけど」
一体何があったというのか、女はかすかに震えて俯いている。
先ほど暴風雨に例えてみたが……まさしく嵐の前の静けさといった様子に寒気すら覚える。
「……こ」
どうしたものかと思案していた矢先、女が息を漏らすように何事か呟いた。
俺たちは弛緩した体に鞭をうち、女の動向に注視する。
「子供は何人欲しい?」
……………………は?
「結婚しよ?」
「「はあぁ!?」」
今日は本当に驚いてばかりだ。
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