第9話 私の活躍を見ていないってどういうこと!?

 ――治安維持局局舎前広場。

 燃え立つ火柱とその周りを踊るように舞う一つの人影だけがそこにあった。

 パイロマニアと呼ばれる狂人と、治安維持局員のリア・ホワイトだ。

 雨が降っているというのに地面は乾燥し、その熱量の高さを物語っている。本来そこに立っているだけでも体力を削られるような灼熱地獄だというのに、リアの動きは色褪せる事はない。


(ヤバイヤバイ! なんなのこいつ、普通の克服者と思って舐めてたらとんでもない実力者じゃない! 絶対ネームドじゃないの、なんでいきなり出てくるのバカッ)


 内面は動揺の真っ最中であるが、表には微塵も表さない。仕事人たる彼女の矜持であろう。


「んっふふー☆ すごいねおねーさん。こんだけ一緒に遊べた人、なかなかいなかったよ♪」

「喜んでもらえてなにより、是非このまま仲良くなってお茶でもご一緒できたらもっと嬉しいんだけどっ」

「んーそれってわちは捕まって囚人としてってことだよね□」

「今ならそんな長い間拘束もされないと思うよ、なにせ被害が喫煙所だけだし。私タバコ嫌いだから正直ラッキーとしか思ってないっ」

「わー気が合うぅ♪ わちもターバコ嫌いなんだー。これはもう殺し合って愛を育むしかないね☆」

「どーしてそうなるのっ」


 軽妙な掛け合いをしているが、二人は今戦闘中である。パイロマニアの方は火柱を上げつつ、時折リアに向けて炎の塊を飛ばし、リアはリアで隙を伺いつつ、銃撃している。互いに致命傷には至らず数分間、膠着状態が続いていた。

 

 狂火症の克服者パイロマニアの特異性は異常な運動性能と発火能力の二つがある。前者は克服前の体温の異常上昇により脳が灼かれ、リミッターが外れた状態になってしまっていることと、高温の体温を維持しているため、肉体のコンディションが最高状態でキープされていることが由来している。限界なく暴れまわる彼らは小さな災害といってもいい。

 そして後者の発火能力が彼らの災害レベルを一つも二つも引き上げる。なにせ彼らに躊躇はない。衝動のままに火をぶっぱなし、あらゆるモノを燃やそうとする。故に放火癖のある克服者、パイロマニアと呼ばれている。


 そんな歩く災害である彼らだが。脳に異常を来たし、痛みや疲れを感じないからといって、ないわけではない。つまるところ限界はある。


 天をも焦がせと上げていた炎が、徐々にその勢力を弱め始めたのだ。


「あっちゃあ。流石に使いすぎてダメになってきたかー↓」

「そのまま大人しくお縄に付いて欲しいんだけどっ」

「それはできないそーだんかなあ。それにそろそろ」


 言うが早いか、背後から轟音が木霊した。何事かとリアが振り返れば局舎から噴煙が立ち上り、火の手も見える。しかも噴煙の上がる辺りにリアは覚えがある。

 やられた、とリアは歯噛みする。

 パイロマニアは戦闘狂で快楽主義故、単独行動を好む。目の前にいる克服者も教科書通りの性格だったために単独の愉快犯と思い込んでしまったのだ。克服者が維持局に襲撃をかけるなど正直考えられない。しかし、パイロマニアならば或いは……と思考を誘導されたのだ。


「……あなたも、誘拐犯の一味だったとはね」

「さーそれはどうだろお□」


 冷静さを失っていた、とようやくリアは理解した。ヤンの熱意に圧倒された挙句、インリェンの前でいいところを見せようと躍起になっていたのだ。年甲斐もなく浮かれていたのだと気付き、自分が情けなくなる思いだ、カッコ悪いところを見せてるなーと二人のいたところを見れば。


「あれっ!? 二人共いないんですけど!?」

「あの二人になら爆発が起こる前に局舎の中に走っていったよ。やっぱしあのおじさん只者じゃないね、激激渋渋~☆」

「う~ひどいよぉ。なんだか局のみんなも行っちゃうし、私一人とか寂しいんですけどぉ」

「じゃ、わちもそろそろ退散すんね☆ 楽しかったよおねーさん。またやろーね♪」

「はあ!? ちょっと待って!」


 ブツブツと呟いていたリアを尻目に、克服者は遠慮なく走り出した。唐突に現れて、めちゃくちゃにして去る様は嵐のよう。伸ばした腕は虚しく空を掴むのみで、結局振り回されるだけ振り回されて何も得るものはない。


 リアは震えた。怒りと屈辱。それと久しく忘れていた後悔の念。


「……もうっ! ほんっと勝手ばかりして! みんなみんな許さないんだから! とりあえずインリェンとあの子はぶん殴る!」


 ぷりぷり怒りながら局舎に戻るリアに、話しかける勇気をもった局員は一人もいなかった。

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