第8話 面倒事はいつも連続して訪れる

 エリカの身元を維持局に預けた後、簡単な書類を書くために俺だけ奴らから離れた。あの小僧はリアにぞっこんっぽかったから今までの経緯を全部話すだろう。そしてリアのことだ、小僧の行為の意味もちゃんと説明してやることだろう。素直に忠告を受け入れて反省するなら良し、反省しなくても俺の手からはもう離れる事案だ、どうとでもなれ。

 面倒な書類をちゃっちゃと片付けて、俺は維持局外の喫煙室に向かった。遠くで誰かが叫んだ気がするが……降りしきる雨の音で距離がつかめない。まあこの街ではよくあることだ。いちいち気にしていたらキリがない。

 俺はタバコを吹かし、紫煙を燻らせる。


 エリカは助からない。けれどその体には無限の価値がある。生きていようがいまいがこれから先も面倒事は舞い込んでくるだろう。相手は素性もしれない人さらいの集団。バックに巨大組織が潜んでいるのは間違いない。そうなれば個人で守るには限界がある。維持局に身柄を渡すのが最善策なのは誰の目に見ても明らかだ。

 だというのに。


「……くそ、なんだか落ち着かないな」


 短くなったタバコを捨て新しいものに火を点けようとするが、マッチが湿気っていてなかなかつかない。チリッチリッと何度も擦るうち、イライラが募ってマッチを捨てた。幸いここは喫煙所。待っていれば直ぐに誰か来るだろう。そいつに火を借りればいい。

 コツ、コツっと乾いた靴の音が近づいてくる。噂をすればなんとやらだ。


「あーすみません。ちょっと火をお借り――ッッ!!?」


 ゴオォッという熱波を撒き散らし、火の塊が眼前に迫る。


「規模が大きいってふざけんな!!」


 とっさのことに思考が停止しかけるも、直撃は死という現実になんとか平静を取り戻し寸でで避ける。

 ドンガラガッシャーンッと派手な音を立てて喫煙所は崩壊し、そのまま燃え盛っている。ついでに警報も鳴り響き、維持局は蜂の巣を突いた勢いで騒がしくなった。


「バカ野郎てめえ! タバコの火を点けるのにあんなでけえ火の玉がいるか! どこのバカ野郎だ出てこい!」


 タバコは嗜好品。浮浪者の俺にとってなかなかの出費なんだぞ! とはカッコ悪いので付け加えない。


「火が欲しいって言うから全身で感じたいのかと思ってえ。めんごめーんご☆」

「てめえ……狂火症の克服者パイロマニアか!」

「おおっごめーとーん! すごいねおじ様、激渋じゃーん」

「わからいでかっ!」

「んっふふふふーっ♪」


 狂火症の克服者パイロマニア。文字通り五行病の一つ、狂火症の克服者だ。かの克服者はそろいもそろって頭がイカれている。というのも、克服前後の異常体温によって脳が灼かれたためらしい。破壊的で楽観的で享楽的。ある意味最悪の克服者だ。

 素っ頓狂な言葉遣い、ダボダボの白黒パーカー。窪んだ目だけが爛々としている病的なまでに白い肌。全てが奴をパイロマニアだと物語っている。何よりも火を出したことが決定的だ。


「何の用でここに来た、ここがどこだかわかってんのか!」

「この街を勝手に守ってるイカレの本拠地でしょーん。凄腕がいっぱいいるって聞いたよ、うわうわ怖いねえ、恐ろしいねえ□」

「そう言うセリフは本気で怖がっていうものだぜ、てめえみたいに楽しそうに言う言葉じゃねえよ」

「んっふふふーだーってえ……」


 奴の周囲が異様に歪む。雨が降っているというのに周囲が乾燥していくのがわかる。異様に温度が上昇していく!


「わちを殺してくれるかもしれないなんて。楽しみで仕方ないよ☆」

「くっ!!?」


 高笑いとともに奴から火柱が上がる。一瞬にして生まれた上昇気流によって強風が吹き荒れ、立っているのがやっとだ。

 嘘だろコイツ、どんだけの熱量を放出する気だ!


「インリェン! 何事!?」

「うお、なんだこれキャンプファイアー?」


 その頃になると維持局の連中もわらわらと集まってきていて、リアと小僧もその中にあった。


「知らん! いきなり狂火症の克服者パイロマニアが襲ってきた」

「はあ!? 目的は!?」

「あんなのと会話が成立すると思うか?」

「全く思わないわね」

「これが……克服者、ってやつなのか」


 小僧が目の前の光景に呆気に取られたように呟いた。その表情はヤブ医者の家でかっこいいだの憧れるだのほざいていた時とは違う、畏怖が見て取れる。したり顔のリアはほっといて、俺は目の前の未だ笑い続ける克服者を指差す。


「あいつの目的がなんにせよ、襲われたのは事実だ。どうにかしろ」

「おっさんが戦わないのかよ!」

「バカ野郎お前この野郎。人間様があんな化物に敵うと思うか? 火を吹き出すんだぞ、しかもすげえ熱いんだぞ、生身の俺が勝てるわけあるか」

「いや俺だって生身だよ、戦えるわけないだろ!」

「お前何言ってんの? お前なんかに何も期待してねえよ」

「はあ? じゃあ誰に言ったんだよ」

「決まってんだろ、リアにだよ」

「え?」


 小僧が振り返ると同時にリアの服が翻る。二丁拳銃を携えて、猛然と火柱に駆けた。


「ちょっとリアさん!? なにやってんすか!」

「お仕事! 君はそこで見てて!」

「お仕事って……危ないですって!」

「やめろ小僧」

「痛ッ!?」


 小僧の後頭部にチョップを叩き込む。軽妙な音がなったことから察するに、コイツの脳には何も入っていないと見た。


「なにすんだおっさん!」

「チョップしたんだよ小僧様」

「そういうことじゃなく! リアさんを止めないと危険だろーが!」

「……はあ。お前ってやつはどこまでも物知らずなんだなあ。ある意味感心するぞ」

「どういうことだよ!」

「ちょっとは頭を働かせて考えろ。ここはどこで、あいつはなんだ」

「はあ? ……えっと、なんだっけ」


 うーんと頭を抱え込む小僧を尻目に、リアとパイロマニアに目を向ける。つかず離れずの距離でリアが銃撃で牽制している間に他に集まった局員が周りを取り囲む。やはり、場馴れしている。伊達にこの街の全てを勝手に守ると宣ったイカレについていく連中ってだけのことはあるな。


「思い出した、帝治安維持局だ! リアさんはその局員!」

「そうだ、だからこれはあいつにとって日常茶飯事の捕物なんだ。てめえなんかに心配されるようなタマじゃねえ」

「す、すごい。克服者が放つ炎を全部避けてる。しかもあれ、攻撃を誘導しているのか? 局舎以外に建物の被害がほとんどない」


 わずかな時間でリアがどれほど離れ業を披露しているのか理解しやがった。しゃくにさわるがこいついい目をしてやがる。


「ボスじゃないならお呼びでないにょーん♯ 燃え尽きちゃえ」

「ゴメンね、うちの局長は好き嫌い激しくて。代わりに好き嫌いのあんまりない私がお相手するよっと!」

「うっざー#」


 お互い笑顔だが心ない笑顔なのは明らかだ。リアの銃撃はその速度を増し、克服者の熱は上がる一方。が、暴徒鎮圧は維持局の連中にとって朝飯前のことだろう、ほうっておいても問題なさそうだ。

 それよりも、だ。コイツはここに何しに来たんだ? まさかの自殺志願者でもあるまいし、そういえば街が騒がしいと言っていたのはコイツが原因だろうか? 俺はてっきりエリカが誘拐されて、この小僧があちこち騒ぎを起こしたのかと思っていたんだが…………。

 そこでふと。本当にふと小僧がここにいることを疑問に感じた。そして胸を締め付けるような言い知れぬ不安が押し寄せる。周りを見れば局員だらけで、みんながみんなリアと克服者の戦闘を注視していた。

 それこそ、局舎内に誰もいないんじゃないかと思える程に。


「…………おい、小僧」

「あんだよおっさん。今いいところなんだから。そこだ、いけーっ!」

「エリカの側にいま、誰かいるのか?」

「え? さあ。外から聞こえてきた騒ぎに飛び出してきたから何とも……」

「く……コイツはまずいかもしれん」


 小僧の返事もそこそこに、俺は直ぐに局舎内に向かって駆ける。不安が徐々に形を成していく。


「おい! さっきから一体なんなんだよ!」


 リアの戦闘に釘付けだったはずの小僧が付いてきた。何故ついて来たとは言わない。説明する時間すら惜しい。


「外は陽動かもしれん」


 だから俺は簡潔に答えた。


「エリカの身が危ない」


 俺の言葉とほぼ同時にドーンッと建物が揺れた。

 それが内からか外からの衝撃だったのかわからないため、いっそう速度を上げてエリカの眠る病室に直行する。

 

 そうして辿りついた俺たちを待っていたのは。


 もぬけの殻となったベッドと。

 ド派手にブチ抜かれ、そのまま外へと繋がった局舎の壁だった。

 






 

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