第7話 ヤン視点~おっさんがいなくなったからさっきまでのことをリアさんに愚痴ってみた~
「それは君が悪いね」
一通り話を聞いた後、うんうんと頷いたリアさんはびしっと俺を指差してそう言い切った。
「な、なんで? 普通じゃない力ってなんかかっこいいじゃんか!」
普通に体鍛えて強くなったり、勉強して頭良くなったりってそれでも十分かっこいい。でもそれ以外の何かしらの特技っていうか、力があったらすげーじゃん。例えば空を飛べるとか、心を読めるとか出来たらかっこいいって思うのは普通だろ?
優しいリアさんならわかってくれると思ったのに。どうして俺が悪いって言うんだよ。
リアさんは寝ているエリカの頭を目を細めて優しく撫でた。
「君の言わんとすることわかるよ。でもね、ちょっと考えてみて?」
「何をだよ」
「君が言う能力を得るのは、死を超えた先でしか得られないってこと」
「……」
「そしてその多くの人は、望んで病魔に冒された訳じゃないってこと。この娘は病気になりたくてなったのかな?」
「……いや。ある日いきなり倒れて。症状もよくわからないし、どうしたらいいかわからなくなったところで攫われた」
「そう、そこも問題」
「どこのこと?」
「五行病の罹患者は必ず、人の悪意に晒される。親兄弟に除け者にされ、金と厄介払いのために売られ、或いは邪魔だからと殺され。死んだあとなんて、口に出すのも憚られるくらい酷い仕打ちを受けるの」
親兄弟に除け者にされる? 厄介払いと売られる? 邪魔だから殺される? 親ってのは、兄弟ってのは、家族ってのは。お互いを守ってどんな時でも支えあうものだろ? 例え喧嘩してても仲が悪くても、そんな風にはならないはずだ。なのになんだよそれ、意味がわかんねえ。
「そんなの、起こるはずがない!」
「でも現実、起こっていることよ。私はそんな人たちをたくさん見てきた。そしておそらく、インリェンもそう。だから彼はあなたの発言が許せなかったんだと思う」
「だって俺……知らなかったし」
「うんそうだね、知らなかったならしょうがないよね」
リアさんの声はとても平坦で、いくら俺でもそれが嘘だってわかる。知らなかったからしょうがない……なんてことはない。俺は知ろうとしてこなかった。世界でなにが起こっているかなんて考えたこともなかった。
そのツケが今なんだ。
「…………」
俺は寝ているエリカの顔を見て、手を取った。顔は真っ青で、息は荒く、脂汗がじっとりと滲んでいる。だというのに手は氷のように冷たく、脈が異常な程速い。肌から落ちた汗が灰のようなって宙を舞い、誰がどう見ても、尋常な様子ではない。
「エリカ」
声をかけても反応はない。不規則な呼吸がより深くなるだけだ。
俺の幼馴染は今、死の淵にいる。俺は今更ながら感じた。同時に、自分がいかに無責任に放った言葉だったか実感する。
ああダメだ。あの言葉は本当にダメだ。
俺は自分の感情を優先して、エリカを思いやることができなかった。新しい知識に舞い上がって、それらに苦しむ人々のことを考えることができなかった。軽々しく扱っていいものではなかったんだ。
「エリカ……俺、なんて言えばいいか」
小さい頃から一緒に育ってきた幼馴染。ずっと隣にいることが当たり前で、死ぬまで一緒にいるって疑いもしなかった。だから、五行病の話を聞いたとき、死ぬはずないって勝手に決め付けていた。エリカに限ってそんな事あるはずないって何故か思っていた。
そんな訳ないって、俺は実の両親の死の時に理解したはずだったのに。
何も言えず、ただ黙ってエリカの手を握っていた俺に、リアさんがそっと手を重ねてくれた。
「こういう時はね、素直に思ったことを言うのが一番だよ」
「思ったことを?」
「そう。じゃないといつか必ず後悔する。今思っていること、考えていること、ちゃんと言ってあげて」
「…………」
リアさんは笑っている。おっさんは何も教えてくれなかったけど、この人は怒りながらもちゃんと教えてくれた。俺のいたらないこと、悪かったところ全てを。情けなくて馬鹿な俺を見捨てないで寄り添ってくれた。今も俺の背中を押してくれている。優しくて頼りがいがあって、どこかお茶目で。
そんな人がそばにいてくれたから、俺は勇気をもらえた。
俺はもう片方の手を重ね、リアさんを見た。
「結婚してください」
「…………は?」
「最初は一目惚れでした。でも今惚れ直しました。貴女以上の女性はいません。俺と、いえ僕と結婚してください。子供は三人欲しいです。老後は二人で家庭菜園でもして静かに暮らしましょう。先に死なれたら悲しいので、僕から死にます。死を看取ってもらいたいです」
「へ!? い、いやいやいや! あのね君! 私の話聞いてた!? この娘に言うことあるでしょ!? てかいろいろ気が早いって!」
「ああ、はいそうでしたね。エリカすまん。お前のことないがしろにした。次からは気をつける!」
「いや軽いよ!? なにそれもっと神妙になりなよ!」
「でもエリカは今意識もないような状態なのでこれ以上言っても唯の自己満足でしかありません。起きたら改めて謝罪します。で、結婚してくれますか?」
「いやさあのね君……」
リアさんの眉がピクピクと動く。笑顔しか印象のない人だけど、感情の起伏に合わせてこ表情がコロコロ変わる彼女はとても可愛い。
「口説くにしても、もっと時と場所と状況を考えよーか!」
「考えたら結婚してくれますか?」
「へこたれないねえ、君は! 答えはノーだよ! 大体他の女の子の手を握りながら、ぷ、ぷ、プロポーズなんて! 頭おかしいって言われたことない!?」
「自覚してます!」
「開き直るな! ああもうなんだかいい雰囲気だったのにどうしてこうなっちゃうかなー!?」
「いい雰囲気でした? もしかしてプロポーズ成功!?」
俺の言葉に口をあんぐり開けて、そのあと握りこぶしを震わせながら、リアさんは立ち上がった。
そして叫んだ。
「台無しだよ!」
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