第6話 帝治安維持局が苦手な理由その①

 黙って走ること一時間。俺とエリカ、それと小僧は巨大な建物へと辿りついた。どの方向から見ても真っ白で真四角の建物。帝治安維持局を名乗り、この街・オスペダーレを勝手に守護する奇特な集団の巣窟である。

 これからのことを想像して俺は大きなため息を吐く。


「ここがなんだって言うんだよ」


 俺が一向に建物に入らないので業を煮やした小僧が声をかけてくる。はい黙って付いてこなかったーと子供のようなことは言うまい。ただ俺がここに入りたくないからどうしても後一歩が踏み出せないだけなのだ。


「……俺は、出来れば。ここの連中に関わりたくないんだ」

「じゃあなんでここに来たんだよ」

「エリカを攫った連中から身を守るためにはここが一番だと判断したからだ」

「だったら早く入ろうぜ」

「まて、もう少し。心の準備が」


 ジト目の小僧を尻目に俺は大きく深呼吸をして、


「あーインリェン!」

「ぐふっ!?」


 大きくむせた。維持局から飛び出してきた人物に抱きつかれたからだ。倒れなかった俺は褒められるべきだと思う。


「リア! お前非番なはずじゃ!?」

「非番だったけど、なんか街が騒がしいからって招集されたの、嫌んなっちゃうよ。それで、今日はどんなご用件? まさかついにうちに入る気に」

「それは一生ないから安心してくれ」

「ちぇー……それで、そっちの少年はインリェンのお連れ様?」

「あ、えっと俺は」

「勝手についてきただけの野良犬だ。ほっといていい」

「はーい」

「おいっ」

「あはは、ごめんごめん。っと」


 そう言ってリアは小僧の正面に立った。背は若干小僧の方が高い。ゆえに上目遣いのような形でリアは笑顔を向けた。糸より細い見事な金髪がふわっと揺れる。瞬間小僧が耳まで真っ赤になる。まあ無理はない。はっきり言ってリアは美女だ。初心なガキには刺激が強かろうて。


「初めまして野良犬くん。私はリア、リア・ホワイト。帝治安維持局の局員だよ」

「え、っと、俺、俺はヤン・アシュフィールド」

「りょーかいりょーかい! それでインリェン。わざわざここに来たのはその娘のついて?」


 リアが俺の背中を注視する。顔は笑ったままだが目は笑っていない。流石ワーカホリック、厄介事には目ざといようで。


「ああ、人さらいの被害者だ。成り行きで助けたが相手の規模が読めない。助力を願いたいんだ」

「相変わらずお人好しだね、インリェン。悪いことは言わないからうちに入りなよ、絶対向いているって」

「俺は群れるのは好きじゃない」

「子供みたいな言い草。私は諦めないからね」

「それで、助力はしてくれるのか」

「うーん。困ったなー」


 腕を組んだまま眉を顰めるリア。

 これは珍しい、短くない付き合いの中であまり見たことのない表情だ。

 珍しいといえば小僧もだ。奴とは本当に短い付き合いだが、性格上舞い上がって騒がしくなりそうなものだというのに、リアを見つめたままぼーっとしている。

 ……おいおいまさか惚れたとか言わねえよな少年。勘弁しろよ、ただでさえ面倒事に巻き込まれて辟易してるっていうのに色恋沙汰なんてやってられるか。なにげに背中から怒気も感じるがこれ以上ややこしいことになるのは勘弁してもらいたい。


「さっき街が騒がしいって言ったでしょ? これから巡回行かないとなんだよね」

「別にリアじゃなくてもいいんだ、維持局にこの娘の安全を守ってもらえれば」

「あーその言い方はなんか傷つく。私じゃ力不足って言いたいの?」

「そうは言ってねえだろ……」

「いっつもいっつもインリェンの尻拭いに付き合わされて、お礼と言ったら色気も何もない焼肉ばっかり。そこでも君は酔っ払って私が甲斐甲斐しく介抱してあげてるのに、そんな風に言っちゃう人なんだね、君って奴は」

「だーもうっ! 悪かった、悪かったよ! 俺はお前がいるからここに来たんだ、お前だけが頼りだ!」

「朝起きたら隣で寝てた私の顔見て『なんでお前ここにいんの?』だもんなー。傷ついちゃうなー」

「それも含めて必ず埋め合わせはするから、頼む」

「んーそうだなあ」


 蠱惑的な笑みを浮かべて、リアはおどけてみせる。三十を超えたクセによくや――


 ――ッパン!!


「…………」


 炸裂音と同時に足元の地面がえぐれた。飛び散った土の欠片が一つだけ俺の靴に乗っている。

 リアを見ればいつの間にか握られていた無機質な銃のアギトが、一分のブレなく俺に向かっている。当の本人は無より無な無表情だ。


「今何か失礼なことを考えなかった?」

「……いえ、何も」

「そ、ならいいの」


 制服のスカートをひらめかせてホルスターにしまう。ある意味扇情的ではあるが、絶技の直後ではそれすら恐れの対象だ。


「ふと、もも……」


 まあ小僧には少々以上に刺激的だったようだが。


「さて、それじゃあその娘の身柄はうちで預かるよ。名前はなんていうの?」

「エリカだ。フルネームは知らん。後でそこの発情した駄犬にでも聞いてみろ」

「発、情? ……あ。えっとごめん、ね?」

「い、いえ! ごちそうさまでした!」


 ごちそうさまて。


「お、お粗末さまでした」


 お粗末さまでしたて。

 背中のご本尊様がマジギレ五秒前な感じなので、青春するのやめてもらっていいですかねお二方。てゆうか自分からはいいのに他人に攻められるのは極端に弱いよなリア。相変わらず歪なこって。


「じゃ、じゃあ中に入って。巡回に行く前に手続き済ませちゃうから」


 そう言って先頭を歩くリア皮切りに俺たちは歩きだす。

 やれやれ。これでこいつらにこの娘を引き渡せれば俺のお節介は終わりだな。


 ふと思い至って立ち止まり空を見上げる。

 どんよりとした空から未だ雨は降り続いている。

 一抹の不安を覚えつつも、俺もリアの背を追った。

 


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