第5話 仏だって一度目で許せないこともある

「二つの症状が出てて珍しいってことはエリカお前すげえ奴になっちゃうんじゃね!? いいな、羨ましいな!」


 寝ているエリカの横で大騒ぎする小僧。

 

 パアンッ! と乾いた音がボロ小屋に響く。

 俺がクソガキの頬をぶっ叩いた音だ。叩かれた本人は一体何が起こったのかわからない、といった表情だ。そんな小僧に俺は問う。


「なあお前。お前の名前はなんていうんだ」

「お、俺はヤン、ヤン・アシュフィールドだ、さっき名乗っただろ!」

「そうかそうか、ヤンってのかクソガキ。お前を見ていればわかるよ、お前の両親はお前を愛していたんだろうな」

「俺、両親は死んでて。育ての親が……」

「そうかそうか。なら育ての親に愛されて」


 俺はここで一度言葉を切った。親を褒められて照れながら笑う小僧に。

 正直限界が来たからだ。


「過保護に溺愛されて甘やかされて。だからこんなどうしようもないクズに育っちまったんだろうな。教えてもらいたいものだよ、てめえの育ての親に。どうやったらここまでド畜生に育てられるのかってな」

「――いったっ!?」


 呆然とする小僧の髪をひっつかみ、俺はそのまま外へと放り投げた。ブチブチと髪の毛が切れたようだが知ったことか。


「てめ、何するんだよ!!!」

「消えろ、目障りだ」

「なんだとっ!?」


 俺はドアを閉めた。向こうで何やら騒いでいるが耳が腐るから聞くつもりはない。


「大人気ねえんじゃねえの、相手はまだ子供なんだぜ?」

「関係あるか。他人を慮ることのできない奴に同情の余地はねえ」

「慮る、ねえ。お前が言うかいそれ」


 俺はエリカを見る。一つの症状で九割死亡するこの病。それが二つも出てしまった彼女の容態たるや想像に難くない。それでも得体の知れない病と今、この瞬間も文字通り必死に戦っている。この街だけで数万人、世界規模で見れば数千万人。命の賭して戦っているんだ。その中には親兄妹に捨てられたもの、売られたもの、或いは殺されたものだっているだろう。

 それを、かっこいいだと? 羨ましいだと? いくら無知とは言え、死の淵にいる女にいう台詞ではない。到底許せるものではない。


「で、どうする。ここでは治療は愚か、匿うこともできねえよ?」


 あれ以降小僧について何も言ってこないところを見るに、ヤブも相当ご立腹だったようだ。俺もいちいち蒸し返すつもりはない。


「……ミカド・サービスを頼る」

「あー……なるほど。この街で頼れるとこって行ったらあそこしかないなあ。……しかし、本気か?」

「お前の言う通り、頼れるところはあそこしかない。首を突っ込んだ以上、責任は取るさ」

「義理堅いねえ。悪ぶったおっさんには似合わねえな」

「お互い様だ」


 エリカの負担にならないよう毛布でくるんで背負い椅子に載せる。移動時に落ちでもしたら事だから縄で固定もした。見栄えは最悪だがまあ落とすよりはいいとしよう。


「世話んなったな」

「そう思うなら酒と薬と女をよこせ」

「うるせえヤブ医者」

「……死ぬなよ」

「誰が」


 背中に投げつけられた言葉に、俺はぶっきらぼうに返しつつ小屋を出た。外は未だに雨。数メートル先も見えないほどに煙り、音もほとんどかき消されている。ミカド・サービスまで距離はあるが、これなら目立たないで行動できるだろう。


「待てよおっさん」

「……」


 俺が移動を開始すると同時に某かが話しかけてくる。


「エリカをどこへ連れて行くつもりだ、エリカを返せ」

「……」


 答えるつもりはない。俺は一瞥だけくれてやると、フードをかぶって雨の中を走り出した。


「待てって言ってんだろ!」


 小僧が大声で吠える。こちとらさっさと移動したいというに、大声を出しながらついてこられたらたまったもんじゃない。


「そんなにこの娘が大事なら黙って付いて来い」

「俺の質問に答えてない。それにあんたは俺の育ての親を侮辱した。絶対許せねえ。かっこいいと思ったが俺の勘違いだったみたいだ」


 この期に及んでまだッ!!


「……やっぱお前目障りだわ。どこへなりと消えて二度と俺とこの娘の前に顔を見せるな」

「エリカは俺の大事な幼馴染だ、そんなこと出来るわけねえだろ!」

「その大事な幼馴染を殺そうとしてるのはお前だろうがっ!!!!」

「…………は、はあ? 俺が、エリカを殺そうとしている? 一体、何を言って?」

「わからんか? そんなこともわからんのか? そんなことでよくもまあ大事な幼馴染と言えたもんだ。呆れ過ぎて笑いが出てくるぜ」

「なんだよ、どういうことこだよ一体! 全然わからねえよ!!」


 面倒な上手間のかかるガキだ。黙らせたい気持ちは山々だが、とにかく今は早く移動したい。


「この娘を助けたいなら、黙って、静かに、ついて来い」

「…………」


 不服そうな表情を浮かべるが口をつぐんでいるところを見るに、助けたい気持ちは本物のようだ。


 きっとこいつには何もないのだろう。信念や自分の芯すらない。喜怒哀楽は直情で、思った事感じた事をそのまま行動に移す。それは美徳だが悪癖でもある。コイツの周りにいる大人達は誰も教えなかったのだろうか。いや、教えなかったからこそこの状態なのだろう。

 そうなるとひとつ疑問が浮かんでくるが、まあ今はいい。やるべきこと考えることは他にある。それをまずは片付けよう。





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