第3話 雨宿りの場所を探して

「おとなしくしていればよかったものを、よっぽど死にたいらしいな、浮浪者」


 俺にかかってきた三人のうちの一人が苛立ちを露わにした。そりゃそうだろう、こいつらにとって今回の仕事はきっとたやすいものだったはずだ。それがどうだ、面倒な小僧と俺の介入で事は一向に進まない。気持ちがささくれてイヤミの一つも言いたくなる気持ちは、わからないでもない。

 が、だ。


「最後までプロを貫けなかった時点で、お前の負けだよ」

「なっ!?」


 言葉を吐けば、全身に巡らせていた集中も抜ける。疎かになった出足を払い、顔面を取って勢いのまま地面へと叩きつけ、瞬時に奴の意識を刈り取った。


「くっ!?」

「油断大敵だって」


 まさか戦闘のプロたる自分達が負けるとは思っても見なかったのだろう、一息のあとに距離を取るが、判断が遅すぎる。

 後ろに回り込んで後背から両手で掌打、肺の空気を強制的に出された奴さんはそれだけでグロッキーだろうが、もののついでに顎を取って石壁に投げつけておいた。派手に激突したが、まあ死にはしないだろう。当分起きては来れないだろうがな。

 そうして瞬時に二人を倒し、最後に残ったのはリーダーっぽいやつのみ。そういや最初に小僧を囲んでいた時もコイツは高みの見物を決め込んでいたな。


「お、お前! 何者だ!?」

「はあ? さっきお前の仲間が言ってただろ、浮浪者だって」

「ただの浮浪者ごときに我らが遅れを取るはずがない!」

「と言われてもねえ、実際遅れとってるわけだし。現実を受け入れな」

「何故我々の邪魔をする、あの罹患者が狙いか!?」

「成り行きだよ成り行き。俺だって命の取り合いなんかしたかねえよ」

「な、ならばお前を見逃してやる。ここで見たこと聞いたこと全て忘れるというなら、これ以上お前に危害は加えない」

「どう見たって俺の方が優勢だが……今後のことを考えればその条件はうまい話だな。誘拐から人身売買にかけてお前ら数人だけの犯行とはとても思えないし」

「その通りだ。例え俺たちを殺したとしても上が黙って引き下がるはずがない。地の果てまで追い詰めて八つ裂きにされるのがオチだろう」

「おーこわ」

「だから……疾く、去ね。そして何もかも忘れろ」

「なるほど、そりゃ……納得するしか、ないわな」

「懸命な判断だ」


 残った男が俺の脇を通り、ずた袋に手をかける。


「あそうそう、言い忘れてたんだけど」

「なんだ、というかまだいたのか。さっさとこの場から立ち去れと――っ痛!?」

「そのずた袋、触んないほうがいいよ。さっき俺、毒仕込んどいたから……ってもう遅いか」


 気をつけてみればすぐにわかるような小さな針で出来た傷。そこから血がとめどなく流れ続けていた。男は我を忘れたように怒号をあげる。


「お、お前! 自分が何をしたのかわかっているのか! 見逃すわけには行かなくなったぞ!」

「と言っても、約束の前だし? 誘拐されかけた娘をそのままにしておくなんてするわけないだろ?」

「毒の種類は! 解毒薬は持っているのか!」

「毒の種類なんて聞いても無意味だよ、解毒薬なんてもってねえもん」

「そんな危険なものを取り付けて、そいつを助けるんじゃなかったのか!?」

「さっきも言っただろ」

 

 男が泣きそうなツラで俺を糾弾する。しかし俺には一切響かない。


「成り行きだって。その子もあっちの小僧も俺にとってはどうでもいい存在だ。たまたま俺の目の前で起きたから首を突っ込んだだけ。それ以上でも以下でもない」

「卑怯者! 偽善者! 悪魔のようなやつめ、地獄に落ちろ!!」

「誘拐の上人身売買。あまつさえ人を殺すことになんの躊躇もないような奴らに言われたかねえよ。それに……俺は正義の味方じゃねえんだわ、そんな言葉で俺を貶めようとしても無駄だよ」

「こんのっ!」


 見事なまでに挑発に乗ってくれた男は、これまた見事な特攻を仕掛けてきた。ならばお返しは決まっている。見事なまでのカウンターだ。

 突き出した拳に男はわざわざ突っ込み、渾身の力を込めた自身の膂力によって地面へと沈んだ。考えることを放棄した奴を御するなんて容易い。


「ま、毒とか全部嘘なんだけどね」

「わりいおっさんだな、あんた」

「おっさん言うな小僧。終わったのか?」

「おう、ボコボコのボコにしてやったぜ」


 見れば男どもの屍(多分死んでない)が積み上がっている。ほとんど一方的な戦いだったのだろう、ところどころ生傷は見えるが、小僧に大した怪我ではなさそうだ。


「さて、早いとこ移動するぞ」

「は? なんで?」

「なんでってお前な。こんだけ騒いだんだ、連中の仲間だってくるかもしれない」

「おーそれもそうか」

「それにその子、エリカだっけ? 罹患者なんだろ? 病人を雨に打たせとくわけにはいかないだろう」

「おーおっさん優しいのな」

「そういうお前さんは気の回らないこって。喋り方といい、頭空っぽなところといい、典型的な非モテ男子だな」

「そう、そうなんだよおっさん!!」

「うお」


 小僧はいきなり俺の手を掴んだかと思うと上下にブンブンと振り出した。力が強すぎて腕がもげそうだ。


「俺、見ての通りシティボーイなんだけど、なかなか異性といい仲になれなくて!」

「きょうびシティボーイなんて言うシティボーイはいねえよ」

「その点おっさんはモテそうだな!」

「お前の目、腐ってんのか?」


 裸同然といってもいい格好で、身だしなみのみの字もないこの俺のどこを見てモテるというのか。


「俺をモテモテボーイのイケ男にしてくれ!」


 ……こいつの発言をいちいち間に受けていたら頭がどうにかなりそうだ。

 俺は無視を決め込んで、ずた袋のまま少女を抱き上げた。思ったよりずっと軽く、冷たい。顔は熱に浮かされたように赤く、蒸気まで出ているというのに。


「こいつは……ああ、厄介だな。この先のことを考えると憂鬱だ」

「なあ、どうしたら俺モテるかな!?」

「うるせえな、わかったから! とにかく移動だ!」

「移動って言ったって、俺この街初めてでどこにも行く宛なんてねえよ?」

「話の流れ的に察しろよこのニブチン野郎! 俺に宛がある」

「マジかよすげえじゃん秘密基地!?」

「……黙って付いてこいよ」

「ああ、わかった!」


 大声で、しかも満面の笑みで答える小僧。俺は呆れてものも言えない。コイツ確かこの少女、エリカを助けに来たんじゃなかったか? 最初に感じたあの勇ましさはどこへ、いまや唯の残念非モテの田舎者だ。


「先が思いやられるな、ったく」

「なんかいった!?」

「黙ってろよクソガキほんとにさぁ!」




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