第2話 おっさんは逃げ出したい

 五行病。

 この世界では有史以前より確認されているこの病に、人類は苦しめられている。

 病とは呼んでいるものの、これが人間の言う病気と同じなのかすらよくわかっていない代物で、病原体、感染経路、発症事由等、ほとんど解明すらされていない。発症すれば高確率で死ぬことになり、遺体はそれはもう無残な状態となる。

 

 何年も掛けていくつか解明に至っていることもある。もっともわかりやすいのは病気の名が指す通り五つの症例があるということだ。

 そして悪いことにこれらの症状の出た病人は重宝される。なんといっても未解明の病気。どれだけサンプルがあっても困らない。ほとんどの症例で遺体は残らないため、生きている検体は非常に貴重で、貧しい家庭で感染した家族を喜んで売りに出すほどだ。

 要するに人身売買ビジネスになるってこと。腐ってるだろ?

 エリカと呼ばれた少女もどうやら罹患者の一人らしい。

 俺が駆けつけた途端、ぐったりと倒れてしまった。身体から湯気が登っている。体温が異常上昇しているのだろう。五行病の五つの症例の中で一番わかりやすく典型的な症状『狂火』だ。


「よりにもよって『狂火』か。厄介だな」

「おっさん何か知ってるのか!?」

「おっさん言うなクソガキ」

「だったら俺のことも名前で呼べ、俺はヤンだ!」

「小僧で十分だろ」


 俺は早速後悔した。見えていた面倒事だったというのに、自ら首を突っ込んだ。しかも攫われかけていたのは五行病の罹患者。人身売買ならコソコソする理由もないので合法的にかっさらったのだろう。普通の罹患者相手にここまですることはないので、エリカはきっと特殊な事情のある罹患者であることは間違いない。そして最悪なことに誘拐犯と戦っている小僧はなんら事情は知らなさそうだ、とくれば。

 俺のやることはただ一つ。


「……それじゃあ、俺はこの辺で」

「をい!! なんのつもりだよ!!」

「いやあ、面倒事ってのはわかってたけど、想定以上に面倒事だったので、退散しようかと」

「首突っ込んだんなら最後まで責任持てよ!」

「知るかってんだ。つーわけで俺はなーんも見なかったし聞かなかったから、逃がしてくんないかな?」

「うぉいっ!」

 

 騒ぐ小僧を無視して周りを囲む男達に問いかけるが、返答はない。代わりに包囲網がジリジリと狭まってきており、どうやらもう引き返せないところまできてしまっているようだ。まあ、それはそうか。駆けつける際に二、三人ぶっ飛ばしているからな。冗談のつもりで言ったんだが、小僧含め逆効果だったらしい。


「おい小僧」

「なんだよおっさん、この期に及んでまだ逃げようとか言い出すんじゃないだろうな?」

「本気で逃げる気なら断りなんていれねえよ。……四人任せていいか」

「おっさんは三人かよ、不平等じゃね?」

「ほら俺おっさんだからさ? 若い子みたいに体動かないから。よろしく頼むよ」

「あ、ずっけずっけ! こんな時ばっかりおっさんになりやがって!」

「うるせえな、いいから……目の前、集中!」


 黒ずくめたちが一斉に飛びかかってくる。狭い路地だというのになんら窮屈さを感じさせない動きはこいつらが相当な実力者だということを如実に表している。それはつまり、そんな連中を相手にカスリ傷程度で済んでいた小僧のポテンシャルの高さを示していた。見るからに粗野で喧嘩っぱやそうな見た目チャラチャラした田舎もんだというのに、釈然としない。


 そうこう考えているうちに、男たちはうまいこと分かれて俺と小僧の相手をしてくれるようで。エリカを連れて行くつもりはないらしい。人が一人増えたところでこの場を抑えてしまったほうが早いとの判断だろう。実際俺が指揮官だったとしてもそう判断する。

 しかし、こいつらは忘れている。今四人で抑えている小僧が、六人相手に善戦していたという事実を。

 

 ……俺、助けに入る必要あったのか?


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