第33話 調査


 急な斜面には土を盛った段々があり、そこに小さな家々がぴたりと建っている。山上から見れば全てを一望出来る小さな湾は、ある程度の低さで僅かな平地を作っていた。

 周りを山に囲まれたこの港町はまるで箱庭のようで、中心部に立って周囲を見回すと息苦しささえ感じさせた。

 しかし海の方角だけは何処までも開けた視界で清々しく……だからこそ彼女はそこに救いを見出したのかもしれないと私は思った。

 ハーヴィーの血統。ドリアーヌ・ラブレーが住んでいた最後の場所。

 私は報告書で読んだ彼女に思いを馳せながら、共に付いて来てくれたザラさんに向かって微笑みかけた。

「無理を聞いていただいて、ありがとうございます」

「このぐらいの事、構いません。ましてやロードリック様に関する事ですから」

 この地に来るための準備をしてくれたのは全てザラさんだ。この地は首都からかなり離れており、自分一人では諸々の手配にかなり手間取った事だろう。

 ザラさんは私にそうにこやかに答えた後、少し心配な表情に変わる。

「けれど、もう諜報部隊の方々が一度訪れている筈ですから……余り期待はしない方が良いかもしれません」

「分かっています。けれど、どうしても諦めきれなくて」

 諜報部隊が見つけられなかった子孫を発見できるなんて思っていない。けれど、もしかしたらという淡い期待が拭いきれないのだ。

 出来なかったとしても、形見の一つを分けてもらうだけでいい。

 ロードリックの人生を少しでも支える柱となるような、何かが欲しかった。

 これは言ってみれば儀式である。自分の目で未練を断ち切る為の。或いは、彼の妻として胸を張って隣にいる為の。

 私はまず、港で網の手入れをしていた若い漁師に話しかけてみる事にした。

「こんにちは」

「こんにちは。……見ない顔だね。何処から来たんだい?」

 どうやら友好的に接してくれそうだ。笑顔を向けてくれた彼に、ほっとして質問に答える。

「首都です」

「へぇ。それは遠い所から。何の用で?」

「人を探していまして……ドリアーヌ・ラブレーという女性はご存じありませんか?」

 彼は私が上げた名前に心当たりがなかったようで、首を傾げた。

「いいや。知らないなあ。誰?」

「あ……もしかしたら、親戚かもしれなくて。この村にいたとしても、凄く前の事かもしれません」

 不審がられてはいけないと、探す為に親戚だと嘘を吐く。彼は疑う様子もなく真摯に一緒に考えてくれようとした。

「そっかあ。十五年ぐらい前だったかな、この辺りは高波で沢山の家が流されてしまったんだ。俺はその後に隣から来たばかりの新参者でね、昔からの人に聞いた方が良いと思う」

 ならば昔と家の位置が変わってしまったかもしれない。家がなくなってしまっていると、遺品がない事も考えないといけないだろう。

 私は残念な情報に少しがっかりしつつ、彼に頭を下げて別の人に声をかけてみる事にした。

 次に声をかけたのは、魚を干して加工していた年配の男性である。彼ぐらいの年齢ならば、若い時にドリアーヌ・ラブレーと共に過ごしている可能性があった。

「あのー、すみません」

 呼びかければ私の顔を一瞬見みたが、直ぐにまた魚を干す作業に戻ってしまった。

無言なのは許容の沈黙なのだろうか。少し気難しさを感じながらも、彼にも同じように聞いてみる。

「人を探しているんです。ドリアーヌ・ラブレーという女性はご存じありませんか?」

「知らん」

 取り付く島もない態度だった。それでも一応食い下がってみようと言葉を続ける。

「彼女の家族でも構わないんです。それか、他に知っていそうな方をお知りではないですか?」

「……分からん」

 これ以上彼は教えてくれなそうだった。私は頭を下げて、この場所を離れた。

 次は港近くの料理店に足を運んでみる。地元の人が良く来る店のように思えたが、時間が食事時からはずれていたからか店内に客はいなかった。

「すみません」

 厨房に向かって声をかければ、切り盛りしている夫婦らしき二人が出てきた。

そして気のせいだろうか、私の顔を見て少し驚いたような気がした。

 地元以外の顔だからかしら。

 少し疑問に思ったものの大した事では無いだろうと流し、彼等にも同じ質問を聞いた。

「人を探していまして、ドリアーヌ・ラブレーという女性はご存じありませんか?」

 まるで余所者から妻を守るかのように、料理人の夫が前に進み出て口を開いた。

「知りませんね。お力になれず、残念ですが」

 何故だか何処かとげとげしさを感じる。もしかして、彼女を知っているのだろうか。それとも単に、閉鎖的な余り外からの人間を警戒しているだけなのだろうか。

 どちらかは判断つかなかったが、いずれにしても答えてくれる気はないだろう。

「そうですか……お時間いただきありがとうございました」

 私は肩を落としつつも料理店の夫婦に頭を下げて、店を出たのだった。

 それからも私は半日かけて、広くない村中の人達に声をかけて回った。しかし誰も知らないと口を揃えて言うばかりで、逆に何かがおかしいと思い始めてくる。

 報告書に記載されていた場所は間違いなくこの村である。それなのに誰一人として知らないなんて事はあるだろうか。

 何かが……変だった。

 私は疲れて痛む足を労わる為に、坂道の途中に作られた花壇の縁に座らせてもらった。

「ザラさんも付き合わせてしまってごめんなさい。覚悟して来たけど、やっぱり大変」

 隣にザラさんも腰を下ろして、狭い場所を共有した。笑ってくれてはいるが疲労が見えている。

「いえいえ。諜報部隊の方がいつもやっている事を思えば、今日のは散歩の範囲ですよ。気の済むまで付き合います」

「ありがとう」

 視線を村の風景に向ければ、人々がそこかしこで集まって会話をしている。けれど何処か悩むような顔つきで、楽しい話ではなさそうだった。

 その内の何人かが、西はずれの小さな家に足を運ぶのが見える。そこにも誰か住んでいるようだが、私はまだそこに行っていなかった。

思い返せばあの場所に通じる道を歩いていた時、村人は行き止まりだと私を引き留めたのだ。

 もしかして……そこに何かを隠している?

 胸に突然、思いもしなかった希望が湧きおこる。あの家に、ハーヴィーの血統が隠されていたとしたら。

 思い返せばドリアーヌ・ラブレーは子孫の最後ではない。正確には彼女の生んだ、共に海に沈んだはずの女児が末である。

 もしも、その子が生き残っていたとしたら?

 周囲の人は母親の悲劇など伝えずに育てるのではないだろうか。だとするならば母親の名前で人探しをする私に、正しい事を教えなくても不思議ではない。

 ただの根拠はない予測に過ぎないが、それが正しかったその時こそ私は、自分の死後を心配する事無くロードリックに想いを伝える事が出来るだろう。

 ハーヴィーの血統が、彼を支え続けてくれるだろうから。

 にわかに胸が熱くなる。

 伝えたい。愛していると。

 義務や同情ではなく、本心から生涯寄り添いたいと思っているのだと。

 見に行かなければならない。けれど、村人にそれを気取られないようにしようと作戦を練る。

「ザラさん」

「はい?」

 私の推測など知らないザラさんは、真剣な呼びかけに不思議そうに首を傾げる。

「見に行きたいところがあるんです。村人達に……見つからないように。協力していただけませんか?」

 ザラさんは何かを察したらしい。少し悪い顔をして、一緒に作戦を考えてくれた。

「分かりました。であれば私は人の集まる場所で盛大に倒れようと思います。狭い村なので直ぐに皆注目するでしょう。その隙に行って下さいませ」

 直ぐにこんな作戦が出るあたり、とても頼もしい人である。私は頭を下げて彼女にお願いした。

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

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