第7話
アオイが家に届いてから、二人の生活が始まった。最初こそどうしたものかと思い戸惑ったが、アオイは思ったより人間に近い思考を持っているようで、一緒に生活する中で困る点はなかった。
むしろ、人間として接してしまうくらい、彼は人間に近いロボットだった。夜になると背中からコードを取り出して壁のコンセントにプラグを差し込んで座り、そのまま眠るのだけれど、何度見てもそれに違和感を感じるほど。
「…本当にロボットなんだ」
毎晩毎晩、彼が眠る瞬間に、その事実を実感する。
することが無くて暇な日(ほとんどがそういう日なのだけれど)は、アオイと一緒に外に出かけて色々な写真を撮った。
かつて人が住んでいた家や、雑草だらけになってしまった遊園地、廃墟と化したショッピングモール、看板が傾いたカフェ。廃れていく人工物と、進化を遂げる自然の対比が美しい。私はそれを写真に収めて、火星にいる両親に送っていた。
しかし、かつての地球で使われていた暦で言う「四月」の頃になると、風がパタリと止んでしまった。冬は寒くて強風が吹いていたから外に出られたのに。
「シオリ!写真行こう!」
ウイルスに感染する心配がないアオイは、することが無く今までの写真の整理をしていた私に声を掛けた。
「今日も無理だよ」
「なんで…?いい天気だよ!」
「感染しちゃうから」
「?」
妹が死んでから解明されたウイルスの謎の一つが〝感染経路〟。ウイルスは皮膚から感染するのだ。
「空気中にウイルスが滞留する日は外に出ると危ないの。雨が降ってる日とか、風がない日とか。雨が降った後とか強風の日は比較的大丈夫らしいんだけどね」
「ふーん…」
「でもボク、外行きたい!」
「だから───」
「シオリが行かないならボク一人で行く!」
そう言うとアオイは私を見つめて、瞬きをした。
「写真、ボクも撮れるよ」
デスクに座る私のすぐ近くに来て、パソコンのUSB端子に左手の人差し指の先を付けた。その瞬間〝J-951013〟というフォルダが開き、私を包み込むようにして右手でマウスを操作するアオイ。
「ほら!」
「うわっ」
画面いっぱいに映し出されたのは無駄に高画質な私の顔面。どすっぴんな上に眉間にしわを寄せた、なんとも不細工な写真だった。
「ちょ、消して!」
「なんで? 可愛い!」
「っ…、ロボットのくせにお世辞とかいらないし!人間様を馬鹿にする機能なんて付けんじゃないわよ開発者!!」
◇
「ハックシュン!」
「…風邪ですか木村さん」
「いや…多分どっかで噂されてるね」
「あー、なるほど。…あ、そういえばさっき吉原さんが呼んでましたよ。この前のお礼がしたいとか」
「そう、分かった。あんがとね」
◇
「ほら、消して!」
見上げるとすぐ近くにアオイがいて、彼の鼓動が聞こえそう。……鼓動、ないけど。
「いやだ!ボクが初めて撮ったシオリだもん、消さない!」
私がマウスを奪おうとするとUSB端子から素早く人差し指を引き抜いて私から離れた。
「ボク、感染しないから!お外行ってくる!写真、待ってて!」
無邪気に笑ったアオイは玄関に走っていく。
「気をつけてね!」
「うん! バイバイ!」
「アオイ、そういう時は〝バイバイ〟じゃないよ?」
「え?」
「〝行ってきます〟だよ!」
「いって…きます?」
「うん、だってアオイ帰ってくるでしょ?」
「うん! 当たり前!」
「じゃあ〝行ってきます〟だよ。帰ってきたら〝おかえり〟って言うから、そうしたら〝ただいま〟って言ってね」
「分かった! いってきます!」
「いってらっしゃい!」
Android 95 @95_cccc
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