第2話


 白いシャツ、白い半ズボンを履いたアンドロイド。白い肌、厚い唇、閉じられた瞳に長い睫毛。お腹の上で組まれた両手に指先で触れると、ゴム製の肌の下、冷たい金属の感触がした。


 彼の胸ポケットに入っていた説明書を手に取り、興味本位で耳の後ろのスタートボタンを押した。


 ゆっくりと開けられた瞳。


 少し垂れ目の彼は、私を見ると人間のように笑った。


「はじめまして」


 柔らかい声色。にこりと笑った彼は上体を起こし、首を傾げた。


「ボクに、名前を付けて?」


「な、名前…?」


 説明書に書かれた製品番号は「J-951013」。


「名前って、製品番号とは違うの…?」


 小声で呟いたそれは目の前の男には聞こえていなかったようで、思わず逸らした目線を彼に戻すと、まだ彼は私を見つめたままだった。


「どうしよう……」








「アオイ」








「え…?」




「ほら、あそこに」




 腕を上げて、彼が指差した先には、妹が描いてくれた私と葵の似顔絵。

 〝おねえちゃんへ〟〝あおいより〟と描かれた画用紙。


「ちが…っ」

「ボクの名前は、アオイ」


 静かに目を閉じた男は、ピピ、と電子音をさせた。まるで自分の名前を記憶するように。


「違う、あんたの名前はあおいじゃない…!」

「じゃあ、なに?」

「っ…」


 そう聞かれれば、これと言った候補はないのだけれど、この機械を大好きな妹の名前で呼ぶのもなんだか気に入らないのだ。


「…あんたなんかに名前なんていらないでしょ」


「?」


「きみの名前を、教えて」


 冷たくしても、察するということを知らないあたり、人間そっくりなのは見た目だけらしい。


「知らなくていい」

「知りたいんだよ、ボク」


「ねえ、教えて?ボクは、アオイ」

「だから教えないって…!」




 そこまで言って、気がついた。


 私は機械相手に何をムキになっているのか。

 こいつが嫌なら電源を切ればいいだけの話なのに。


 相手が機械だってわかっているのに、こんな、人間と話すみたいに話しちゃって。




「教えて?」




 こいつの造りが良い所為だ。






「……しおり」






「シオリ。シオリはボクの友だち」






「……もうめんどくさいからそれでいいよ」




 段ボール箱に入ったまんま、にこにこ笑う目の前のロボットにドキドキしてるなんて。


 ずっと一人だったせいで機械とヒトの区別もつかなくなったのか、私は。




「よろしくね、シオリ」

「……うん」

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