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第1話


 誰もいない地球。人が住んでいた頃とは比べ物にはならないほど静かな草原に強い風が吹き抜ける。


「葵、今日は風が強いから来られたよ。久しぶりになっちゃってごめんね」


 広い草原にポツンとあるのは、私の妹──葵のお墓。妹が寂しくないように、大きな木の下に建ててあげたのは我ながら妹孝行だなあ、と思う。


「…私はずっと、葵と一緒にいるからね」


 妹が好きだったオレンジ色の花を添えた。




 草原から無人列車に乗って家へと帰ると、いつの間に届いたのか分からない大きな段ボール箱が玄関先に置いてあった。


「何これ」


 一度通り過ぎて家の中に入りパソコンを確かめる。


〝一件の新着メッセージ〟


 お母さんからだった。


〝誕生日おめでとう〟


〝知り合いの研究者の方があなたにあげたいって言ってくれた物を贈ります。〟


〝地球に一人で、寂しくない?私たち、頑張って研究して、必ずまた地球を人類が安心して暮らせる星にするからね。詩織も、なるべく早い便で火星に来てくれると、お母さんたち安心できるんだけど…。「地球の写真を残したい」って言って、私たちの研究の手伝いをしてくれてありがとう。でもあなたが地球に残る本当の理由が葵のことを置いていけないからってこと、お母さん知ってるよ。〟


〝あなたもそれほど身体が丈夫な方じゃないんだから、気をつけてね。妹を想う気持ちと同じくらい、自分のことも大切にね。愛してるわ。 母より〟


 明るい画面の光に思わず目を細めた。画面の右下に映し出された日付。それを見てやっと、今日が自分の誕生日だということを思い出した。


「…もう二十歳か」


 妹が死んだのは、私が高校一年生の時だった。こんなに時間が経ったのに、あの時の妹の涙を忘れられずにいる。冷たくなった小さな彼女の手、私を見つめる潤んだ瞳、


〝ありがとう、お姉ちゃん〟


 消えかかる声で最期に聞こえた、私への言葉。


 妹のことを思い出すと、今でも涙がこみ上げてくる。年齢上では今日から〝大人〟なのだから、しっかりしないと。


「…荷物」


 パソコンの画面のスイッチを切って、玄関に向かった。

 玄関を開けた先に置かれた、人一人が入れそうな大きさの段ボール箱を引きずるようにして玄関の中に入れる。

 これは本当にプレゼントなのだろうか?私一人で動かせたのが奇跡と思えるほど、重たい。「迷惑」と口に出そうになるのをぐっとこらえて、代わりに玄関のドアを勢いよく閉めた。


 火星の住所が書かれた伝票を容赦なく破り、ガムテープを勢いよく剥がす。すると、中にたくさんの発泡スチロールと、


「うわっ!!」


 ヒトの足の指のようなものが見えた。


「お、お母さん、頭おかしいんじゃないの!?」


 怖くなって三歩下がり、手にぐしゃりと握られた伝票に目を落とした。


〝品名 : ヒト型ロボット〟


「……は?」


 私はもう一度近づいて、見えている足とは反対側の発泡スチロールを少しずつ取り出してみた。


「うわ…」


 そこには、ロボットと呼ぶにはあまりにも人間に近過ぎる顔をした男性のアンドロイドが眠っていた。

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