第397話 【外伝6】6月の欧州の日没時間
長い道のりだった。
10:30発の飛行機に乗り、目的地に着いたのは、17:50。
時計の針は、7時間しか進んでいないが、飛行機に乗っていた時間は、14時間20分にも及ぶ。
冬希、裕理、天野の3人は、時差ぼけにも苦しんでいた。
予約した飛行機の目的地がフランスではなく、フランクフルトだということは、成田空港のチェックインカウンターで判明した。
裕理が予約した海外のLCCの会社は、日本語用の予約サイトがなく、裕理はなんとなく感覚でチケットを予約した。
坂東家の父は、雑貨の輸入で財を成したが、あらゆる国を渡り歩き、さまざまな航空会社で飛び回っていたため、いくつかの会社でマイルが貯まっていた。
親族がマイルの利用の条件となっていない航空会社が、そこしかなかったのだ。
成田からフランスだ、そこで裕理は
「NRTーFRA」だ、と3人分の席を予約した。これが全ての失敗だった。
航空業界でフランスの国コードは「FR」であるが、パリの空港コードは「CDG」シャルル・ド・ゴール空港なのだ。「FRA」はフランクフルト空港となる。
予約していた便名の行き先が、カタカナでフランクフルトと出ている。
慌てた裕理は、便をキャンセルして、シャルル・ド・ゴール行きの便に変更しようとした。しかし、その便は満席な上、マイルを使った予約は1週間以上前に行わなければならなかった。
次に裕理は、兄である坂東輝幸に泣きついた。
事情を知った坂東は、小さくため息をつき
「ニュルブルクリンクへ向かえ」
とだけ言った。
フランクフルトがドイツのどのあたりにあるのか、ニュルブルクリンクという自動車レース用のサーキットが、フランクフルトからどの程度遠いかもわからない。
不安を通り越して、絶望的な気分で3人は、誤って予約された航空券で、フランクフルトへ向かうこととなった。
出国審査では問題なかった。
日本人がドイツに渡航する際には、ビザが要らないのだ。
むしろ止めてくれればよかったものを、と冬希は思った。
日本はもう夜中だ。
出発前に、真理に電話をかけておいてよかったと、冬希は心から思った。
声が聞けたのもよかったが、月曜日に、学校に向かういつもの場所で会えなかったら、心配させてしまう、という点を気にしていたのだ。
どう足掻いても、冬希が月曜日から登校すること無理だ。
「夕方なのに明るいなぁ」
空を見上げながら、冬希は言った。陽が沈む気配すら感じられない。ここは地球ではないのはないか、という気持ちにすらなってくる。
「これからどうするかだな」
当然だが、右も左も分からない。
道を聞こうにも、なんと聞いて良いかわからないのだ。
今思えば、成田空港で諦める、という選択肢が一番常識的だった気もする。
スマホは、当然のように繋がらなくなっている。調べようもない。
「終わったなぁ」
現地時間で19時。
まだ空は明るい。
ただ、何も出来ないまま1時間以上滞留している。
打つ手なし。そう思った時だった。
「わっ、本当にいた」
懐かしい声がした。
浅輪春奈。
裕理と天野は、地獄で神様にでも会ったような表情で、春奈を見た。
そして冬希は、
「そうか…、ここはドイツだったなぁ…」
そう言うのが精一杯だった。
真理が冬希から電話を受けた時、時々聞こえてくる館内放送から、空港にいるのだろうということはわかった。
そして、どこかで聞いたことのある声が
「おい冬希早くしろ。フランス行きが出ちまうだろ、FRA行きだ、FRA 」
と言っているのも聞こえていた。
フランスに連れ去られるため月曜日に学校に行けないだろう、ということだけ真理に告げると、冬希からの電話は切れた。
エフ、アール、エーという言葉が耳の奥に残った。
ドイツに旅立つ前に、親友とも言える存在であった浅輪春奈が確か言っていた気がする。
「もう、チケットも取っちゃったんだ。見て」
春奈が見せてきたスマートフォンのeチケット控え。
そこには、NRTーFRAと書かれ、日本語では成田ーフランクフルト、と書かれていた。
冬希に電話をかけ直した。
電源が切られていた。
「むー……」
不満が声になって出ていた。
電話が繋がらなかったことに対してではない。
彼らは、何か重大な考え違いをしているのではないか、と真理は思った。
自分の勘違いであればいい、と思う。フランクフルト乗り換えで、フランスの別都市に向かう旅程が無いわけではないだろう。
しかし、真理は自分でもわかっていることではあるが、そこまで楽観的な性格ではない。むしろ気にしすぎる部分もあるほどだ。
「むー……」
再び、声に出して言った。
冬希のことで、春奈に頼らざるを得ない。
春奈に対する不満なのではない。こういう時に、自分が冬希の力になれず、他の人が冬希の力になれるかもしれない、という状況に、自分自身の無力さに対する不満を感じている、真理はそう思った。
「ムゥ……」
真理は、スマートフォンを操作し、短い文章を送った。
すぐに電話がかかってきた。
「真理ちゃん?電話で話すのは久しぶりだね」
懐かしい声がした。
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