第384話 全国高校自転車競技会 第10ステージ⑦ 強襲
沿道の観客の数が、桁違いに増えた。
一周後のこの大博通りは、各チームのエーススプリンターたちの戦場となるのだ。
緊張感が増しているであろう先頭集団から遅れる事20秒、まだ諦めきれない数チームが勝負の機会を求めて牽引する追走集団の中で、潤は竹内と合流していた。
竹内がまだこの位置にとどまって居られていること自体、潤にとっては驚きだったが、さらに驚くべきことに、先頭集団に復帰しようと考えているようだった。
「まだ追いつけます。冬希先輩をアシストしなければ」
その言葉に実現性があるとは、潤には到底思えなかった。
「ここに留まれ、竹内。いま先頭集団は福岡が牽引している。地元だというのもあるが、ハイペースで牽引することで、他チームのアタックをけん制しているんだ」
主な目的は、立花のスプリントをアシストすることにあるのだろうが、いいポジションで発射するために、他チームが上がってこれないようにペースを上げているのだと思われた。
「しかし、愛知の山賀さんは先頭集団に留まっています」
「このレースに出ている選手たちには、それぞれに戦いの舞台がある。どんな選手にもだ」
「はい」
「お前が先頭集団に追いつくと、この追走集団にいるスプリンターたちも、一緒に連れて行ってしまう事になる。先頭集団の人数が増えれば、それだけゴールスプリントで混乱が起こる可能性が高くなる」
「そうですね……」
番付通りの決着であれば、冬希と南の二人で1、2着になるだろう。
人数が増えたスプリントで接触、落車などがあれば、意外な選手に勝たれてしまう可能性も出てきてしまう。
「前には伊佐も残してある。ゴールスプリントで冬希が判断を間違えるとも思えない。いま、僕らにできることは、この集団にぶら下がって、先頭集団に追いつくのを邪魔することだ」
「勝てるのでしょうか」
「自転車ロードレースというものに対する理解は、そこまでできていないとは思っているが、スプリントが最もわからんなあ」
潤は苦笑した。
昨年、第1ステージから冬希が3連勝した時に、どうやったら勝てるのかきいたことがあった。
冬希は、極力自分の脚を使わない事、そして先頭に立たない程度に前にいる事、と言った。それをきいた潤の混乱は一層増した。
前にいるためには、多少は脚を使わなければならないのではないか。
その辺の理解については、残念ながら、柊と同程度だったと、潤は思う。
「二人を信じて任せよう」
「伊佐で大丈夫でしょうか」
「スプリンターの事は、どうするのが一番良いか理解しているだろう」
冬希や伊佐には、彼らの戦場がある。自分と竹内の戦場はここだと、思い定めていた。
一周目のフィニッシュラインを通過した。
けたたましく最終周回を知らせるベルが鳴り響いていた。
メイン集団にいる選手たちが、体に緊張を走らせるのが伝わってきた。
立て続けに福岡のアシストが二人、前から落ちてきた。驚くべきことに福岡は、まだ二人のアシストを残している。
立花の前で、3年の黒田と古賀が先頭交代をしつつ、メイン集団を引っ張り始めた。
先頭を牽引する地元福岡の3名に、絶叫に近い大歓声が飛び交っている。
このころになると、冬希ははっきりと天野を視界にとらえていた。
伊佐の番手を取っている。冬希が一番行きたかったポジションだ。
どういう流れでそうなったかはわからないが、天野の後ろに宮崎の小玉と南がつけている。
小玉と並ぶように、愛知の永田、赤井がいる。つまり、天野の後ろから2列になっているのだ。
冬希は赤井の後ろにおり、南の後ろには山口の塙、黒川がいる。
冬希としては、体の大きな南を風よけとして使いたかったが、そのポジションも山口の二人に奪われていた。
山口の塙という選手は、ここまで残る程の力を持っているとは、冬希には思えなかったが、黒川の指示なのか、絶妙に力を使わないで済むポジションを渡り歩いていた。
つまりは、そこが冬希が取りたかったポジションだ。
だが、黒川とポジション争いなどしていたら、それこそスプリント前に冬希の体はボロボロになってしまうだろう。
赤井の後ろもそこまで悪いポジションではない。
先頭からは離れているが、その分空気抵抗も少なく、体力を温存できる。
位置取りと温存は表裏一体だ。
逆に言えば、ポジションが取れないのであれば、脚を溜めるしかない。
とはいえ、周回コースは減速、加速を繰り返すため、脚は徐々に削られていく。
ほぼ直角のカーブを通過し、メイン集団は住吉通りから渡辺通に入った。
ここから渡辺北通に入り、那の津通に入り、最後に大博通のスプリントとなる。
グッとペースが上がった。福岡の黒田が牽引を終えて下がっていった。これで福岡のアシストも1枚だ。
相変わらず絶好のポジションにいるのは立花だ。
立花の動き。
天野の動き。
南の動き。
黒川の動き。
赤井の動き。
どれかに対応しようとすれば、どれかを取りこぼす。
とにかくやはり南だ。
南龍鳳を倒さない限りは、ステージ優勝はない。
渡辺通から、渡辺北通に入った。ここはカーブという程ではないが、小さなS字となっている。
隣の黒川との間隔が狭くなるが、接触までは至らない。
さすがに上手い。冬希が辛うじて通れるスペースは空けてくれている。
那の津通に入るコーナー。
何かを感じる。
立花、天野、赤井、南、黒川の順に視線を移す。
違う、後方に強い気配。
「赤井!」
永田、赤井が振り向く。
冬希も振り向いた。
左後方に山賀。
山賀は、那の津通への右カーブを、黒川のさらに外を回って前に出ようとした。
「馬鹿が」
黒川が遠心力を使って弾き飛ばそうと、山賀へ体をぶつけた。
山賀は揺るがない。そのまま大外をまくって、先頭を牽引する古賀の前に出た。
集団のペースがさらに加速する。
古賀はたまらず先頭集団から離脱した。
「すまん、黒川。もうダメだ」
「よく頑張った、あとは任せろ」
黒川に声を掛けられ、塙も下がっていく。
先頭は山賀、その後ろに永田、赤井が続く。
赤井たちに割って入られた立花が続き、伊佐、天野、小玉、南、黒川と続く。
冬希は、赤井の後ろについていきたかったが、塙が冬希の方に下がってきたため、追うに追えなかったのだ。
形勢は、一気に愛知が、圧倒的有利な展開に持って行ってしまった。
後手を踏んでいる。冬希はそう思わざるを得なかった。
伊佐の後ろは、天野ががっちりキープしており、冬希が入る隙が無い。
山賀の牽引するペースが速すぎて、前に上がっていくことも出来ない。
先頭集団は完全に一列棒状となった。
先頭が遠い。
大歓声が近くなってきた。
集団は山賀を先頭に、最後の直線、大博通に入っていった。
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