第356話 全国高校自転車競技会 第6ステージ レース後

 レース後、裕理は監督の山下から、運営に呼び出され警告を受けた、との連絡を受けた。

 チーム全体の動きとして、他チームのエースの動きを妨害するような行為が認められた場合、チーム自体を失格とする可能性もあるとのことだった。

 裕理の不満は、警告の原因となった動きについてだった。

【千葉県チームへの、413番鳥栖選手の斜行及び、1番青山選手との接触について】

 冬希との接触後に、後ろのチームに迷惑をかけた件についての審議ならまだ納得できるが、冬希との接触は、冬希から仕掛けたものであって、裕理からすると、別にエースである冬希を潰しに行って接触をしたものではなかった。

 まあ、故意に仕掛けたという点では、まるっきり冤罪というわけではないのだが。

「気を付けてね。流石にこんな大レースでチームが失格になったら。僕の首が飛んじゃうよ。私立高校の先生なんて、本当に簡単に首になっちゃうんだからね」

「わかりましたよ。今後は控えます」

 控えるとは言ったが、もうやらないとは言ってない。ただ、今後動きにくくなったのは確かだ。

 佐賀チームのテントから山下が出ていき、代わりに天野が入ってきた。

「裕理さん、鳥栖先輩の動きですが、何を狙ったものなのですか」

 天野の口調に、裕理を責める意志がないのは明白だった。それでも裕理は少しバツが悪いものを感じていた。

「冬希を潰しに行ったんじゃない。平良潤のメカトラを誘発するためのものだ。怪我をさせるつもりもなかった」

「平良潤選手……」

「結局のところ、千葉の屋台骨は平良潤だ。奴の落ち着きぶりがチーム全体の精神的な支柱にもなっている。レース中に出している指示も、読めないものが多い。今後の作戦の支障になる。千葉が平良潤に依存しているのであれば、それは弱さと言っていい。そこを突くのは当然だ」

 言い訳がましい、と自分でも思った。だが、自分でも何が正しいのか、わからなくなりつつあった。

「私を勝たせるため、ですか」

「そうだ、そしてお前を勝たせることが、チームが勝つという事だ」

 天野は、少しの間目を閉じて考えているようだった。

「そういったやり方は、私の戦い方とはちょっと違う気がするのです」

「お前がやりたい戦い方を言ってみろ」

「うまく表現はできませんが。今日の黒川選手と青山選手の戦いを羨ましいと思いました。裕理さんのやろうとしたやり方は、成功したとしても、後の勝負所で心の中に引っかかりを残しそうな気がしています」

 そんなことはわかっていた。だから今回の件は、3年生の中でだけ進めようとしたのだ。

「黒川と冬希のやっていたことも、厳密には反則だ。先にやられた冬希も同じことをやり返したから、喧嘩両成敗という事で御咎めなしということになるだろうが」

「それに、千葉の支柱が平良潤選手だというのなら、うちも同じく裕理さんが弱点という事になります。裕理さんなしでは勝てないのですから、狙われれば共倒れになります」

 裕理は、はっとなった。

 天野からそのように思われているとは考えもしなかったのだ。自分がいなくなっても、天野は自分の力で勝つだろうと、裕理は漠然と考えているところがあった。

 そのことに気づいた裕理は、もう天野に何も言えなくなっていた。

「わかった。お前が勝負所で力を発揮できなくなるリスクがあるということなら、今後はお前が全力を発揮できるような戦い方をする」

「ありがとうございます」

「だが、アレは使ってもらうぞ」

「はい、それは大丈夫です」

 天野は、少しうれしそうに笑って、出ていった。

 裕理も立ち上がった。何の効果もないかもしれないが、多少の揺さぶりはかけておこうと思った。


 ステージ優勝と、総合1位の表彰式を終えた冬希は、黄色い総合リーダージャージに身を包んで、千葉のテントへ戻ってきた。

 チームのコメント取りの記者がおり、キャプテンである潤が取材を受けている。冬希のコメントは、ゴール後でも表彰台でも出しており、どちらもそれほど内容の変わらないものだった。

「平良キャプテン、佐賀の坂東選手からは、今大会は青山選手には勝てないとの、事実上の白旗宣言も出ておりますが」

「ぶほっ」

 冬希は、飲む途中の紙コップに入ったお茶を噴出した。報道部活連の記者とカメラマンが驚いて冬希の方を振り向いた。

「大丈夫ですか、冬希先輩」

 慌てて伊佐がタオルを持ってきた。

「爽健美茶が鼻から出た・・・」

 潤は一瞬冬希の方を振り返ったが、落ち着いた表情で記者へ回答した。

「そうですか。そうであればライバルが減って助かりますが、天野選手は国体優勝者なので、まだまだこんなものではないと思っています」

「ありがとうございました」

 記者たちは出ていった。

 出口まで見送った後、伊佐は首を傾げた。

「佐賀の白旗宣言、本気でしょうか」

「まあ、嘘だろうね」

「100%嘘だよ。そんなことは微塵も思ってはいない」

 潤と冬希が口々に言った。

「本音だとしたら、我々が対応しなければならない敵も減ります」

「伊佐のそれは、推測というより、もう期待だな」

 裕理は、簡単な相手ではない。むしろ一番敵に回したくない類の人だ。

「では、何のために白旗宣言などしたのでしょうか」

「そんなに深い意味があるとは思わないけど、千葉対その他のチームという図式を作りたかったのかもなぁ」

 冬希は、ややおざなりに返事をした。

 裕理の考えることを、いちいち深読みしても仕方がない。どうせすべてを読み切ることなど不可能なのだから。

「他県がみんなで、うちを潰しに来るという事ですか?」

「潰しに来るかどうかはともかく、孤立はするだろうな」

 今度は潤が答えた。千葉と協調しようというチームは出てこなくなるかもしれない。

「今後、どう対策を取っていくか決めなければならないのではないですか?」

「決めなければならないことなどない。対策を決めろというのであれば、なにもするな、というのが対策になる」

 冬希は無言でうなずいた。そもそも千葉の戦い方には、他チームと協調するという考えが一切ないのだ。

 伊佐は、不満げな顔をしている。

「ゴール前の状況で、冬希が判断を間違えることはまず無いだろう」

「へへっ、照れるなぁ」

 冬希は、いまの潤にそう言ってもらえるのは本気で嬉しかった。

「伊佐、勝利というのは、熟した実が木から落ちるように、自然に手の中に収まるものだ。じたばたしても、しなくても、結果は変わらん」

 潤は、諦観している。

 国体での戦いが、潤を大きく変えたのだろうと冬希は思った。

「潤先輩の言うとおり。うちはうちの戦い方をして、負けたらそれで仕方がない」

 冬希も言った。

 今のところ、一番の強敵は東京の植原だ。

 大きく勝つこともなければ、大きく負けることもない。

 そういった敵を相手に、一度でも大きくタイムを落とせば、二度と追いつくことはできないだろう。

 敵の戦い方に振り回されれば、失敗する可能性も増えてくる。

 自分たちが背負っている1番というゼッケンに関わらず、やるべきことは、自分たちのレースに徹する事なのだ。

 柊と竹内が戻ってきた。

 潤は、全員に撤収準備を指示した。


■第6ステージ

1:青山 冬希(千葉)1番 0.00

2:赤井 小虎(愛知)231番 +0.00

3:黒川 真吾(山口)351番 +0.00

4:多田 悟(山口)352番 +0.00

5:竹内 健(千葉)5番 +0.00

6:三浦 新也(神奈川)141番 +0.00


■総合

1:青山 冬希(千葉)1番 0.00

2:黒川 真吾(山口)351番 +0.06

3:植原 博昭(東京)131番 +0.07

4:天野 優一(佐賀)411番 +0.14

5:永田 隼(愛知)235番 +0.38

6:有馬 豪志(宮崎)451番 +0.48


■山岳賞

1:千秋 秀正(静岡)221番 11pt

2:植原 博昭(東京)131番 11p2

3:平良 柊(千葉)4番 8pt

4:牧山 保(茨城)81番 7pt

5:青山 冬希(千葉)1番 7pt

6:平良 潤(千葉)3番 5pt

7:黒川 真吾(山口)351番 4pt


■スプリント賞

1:南 龍鳳(宮崎)455番 155pt

2:立花 道之(福岡)401番 134pt

3:水野 良晴(佐賀)415番 133p

4:赤井 小虎(愛知)246番 127p

5:青山 冬希(千葉)1番 68pt


■新人賞

1:永田 隼(愛知)235番 0.00

2:竹内 健(千葉)5番 +3.20

3:藤松 良太(栃木)341番 +17.33

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