第351話 休息日①

 全国高校自転車競技会に参加する各県代表の選手たちは、第5ステージと第6ステージの間に設けられた休息日を、錦江湾を望む海沿いのホテルで迎えた。

 潤と柊で1部屋、冬希、竹内、伊佐で1部屋割り当てられており、一緒にホテルの朝食へ行くため、7:00に潤と柊の部屋に待ち合わせをしていた。

 時間の5分前には、3人は潤と柊の部屋へ現れた。

「柊先輩、調子はどうですか」

 冬希は、疲れもそれほどなさそうだ。

「だいぶ楽だな。昨日はゆっくり走ってたからな」

「じゃあ、さっそくあんぱんと牛乳買ってきてください」

「冬希先輩、パシリの定番メニューは焼きそばパンです。あんぱんと牛乳だと刑事の張り込みになってしまいます」

「竹内、突っ込むところはそこじゃねーだろ!冬希、いきなり先輩をパシらせようとすんなよ!」

 チーム全体が、いい感じでリラックスできていると潤は思った。

「疲れているところ申し訳ないが、休息日といえど、まったく自転車に乗らないというわけにはいかない。ある程度走っておかなければ、明日以降大きく調子を落としてしまうかもしれない」

 4人は、潤の方を見て頷いた。

「朝食の後、少し走りに行くので、そのつもりで準備しておいてくれ」

「どの程度走ることになるのでしょうか」

 竹内が挙手して言った。走る距離や時間によって補給食やボトルの準備も変わってくる。

「桜島に、黒神埋没鳥居という、噴火で埋没した鳥居があるらしい。それを見に行こう」

「潤先輩も行かれるのですか」

「ああ、当然だ」

 国体に一緒に出場した竹内は、潤がホテルの部屋に閉じこもってレースの作戦を考えることが多く、レース後のクーリングダウンも一人でローラー台で済ませていたのを見てきた。大会期間中に潤が一緒に行くことを、少し意外に思ったのかもしれない。

「潤先輩。こんなことをしていていいのでしょうか。総合リーダーは植原さんの奪われた状態ですし、今後につながる練習をした方がいいのではないでしょうか。潤先輩も、今後の作戦を考えたりとか」

 伊佐は、この状況が不安であるらしかった。

「僕が時間をかけたところで、役に立つことなんて何も出来ないよ。竹内のような強力なアシストというわけでもないし、柊のように山が上れるわけじゃない。伊佐のようなスプリント力もない。まだパンクしたタイヤのチューブのほうが、使い道がある」

 潤は笑った、

 言葉とは裏腹に、潤の気持ちに卑屈さは一切なかった。

 今ならわかる。昨年の全国高校自転車競技会で、序盤連勝した冬希に、自分が必ずしも勝たなくてもいいという状況に、船津がどれほど救われていたか。

 冬希が出場できなくなった国体で、潤は自分が何とかするしかないというプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

 今大会も、冬希が出場できる状態で、自分が総合エースを務めるという選択肢はあったかもしれない。だが、冬希の存在がなければ押しつぶされてしまう程度の自分がやるより、一人で何とかしてしまえる胆力を持った冬希が総合リーダーとしてふさわしいと考えたのだ。

「うちは、昨年の総合優勝チームだ。うちを倒すために作戦を考えるべきは、他のチームだろ。うちは堂々とそれをけてやればいい」

 柊は、冬希と同等かそれ以上の胆力があるのかもしれない。

「潤先輩がのんびり構えているから、俺もそういうもんかと思って、のんびりできてるんだ。それでいいんじゃないか」

 冬希は言った。

 竹内は、先輩方に従います、とだけ言い、伊佐はそれを聞いて黙った。

「食堂に行って朝飯にしよう。あんぱんと牛乳があるかどうかはわからないけど、朝食バイキングだそうだ」

 潤は、もう一度笑った。


 佐賀の坂東裕理は、第6ステージから第9ステージまでのコース図を紙に印刷したものを見比べていた。

 総合エースである天野優一は、類まれな独走力を持っていた。しかしそのリソースも無限に使えるものではない。重要な局面で、勝負を決める一撃として使う、その場面を探す必要があった。

「後手後手に回っているな」

 ホテルの一室には、水野と天野を除く、佐賀のメンバーが集まっていた。

 いずれも3年の、鳥栖典久と武雄勝だ。

 二人とも、兄である坂東輝幸のアシストとなるべく、育てられた選手たちだった。

 鳥栖は持久力が高く、上りもある程度上れた。

 武雄は瞬発力に優れ、尚且つ反則スレスレのこともやってのけた。

 この二人を使うタイミングを決めるのも、裕理の役割だった。だがそこも読み切れていなかった。裕理は、二人を温存してきた、という反面、使いどころが見つからなかったという側面も否めなかった。

 千葉の、平良潤をなんとかしなければならないと思っていた。

 裕理を不安にさせるようなような男は稀にいた。つまり、何を考えているかが読めないのだ。

 国体に出場していた時の平良潤は、常に最適解を選ぶような男で、それだけに行動が読みやすく、動きを誘導するのも難しくはなかった。

 今大会では、千葉の動きのひとつひとつに関わっている筈なのだが、第4ステージではエースである冬希を残して、大切なアシストであるはずの平良柊に抜け出した静岡の千秋を追わせたりしていた。

 神崎高校のキャプテンとして、何もしていないのではないかというようにも見えるのだ。

 エースである冬希を守る、という点については、東京がアシストを使っても打ち崩せないという程、しっかり役目は果たしている。

 それ以上に、今まで読めていた相手の思考が読めなくなる、という事実が、裕理の心に不安を芽生えさせていた。

「武雄、平良潤を潰せるか」

 言ってしまった、と裕理は思った。だが、口に出してしまったからには、もう進めなければ仕方ない。

「やってみよう」

「やり方とタイミングは任せる」

 平良潤が消えることで、他の総合上位勢に利する結果になるかもしれない。

 それでもやっておくべきだ、と裕理は自分を納得させた。

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