第349話 全国高校自転車競技会 第5ステージ③

 熊本県阿蘇郡小国町をスタートし、外輪山を上った後にカルデラの中に下り、最終的に阿蘇山を上るコースとなっている。

 第4ステージではゴール前に一級山岳1つあるステージだったのに対し、第5ステージは、第4ステージほど急な上りではないが、3級山岳、2級山岳の計2つの上りがある。

 中間スプリントポイントは、外輪山を下った後の、熊本県阿蘇市赤水にある赤水駅前に設定されている。そのことが、少なからずレース展開に影響を及ぼしていた。外輪山の3級山岳の上りで、福岡と愛知がメイン集団の前に出て、ペースアップしたのだ。

 直前までメイン集団を牽引していた竹内が、自分の前に出てきた2チームのアシストたちへの対応を確認するために、冬希や潤のもとまで下がってきた。

 竹内は、潤からの指示で、疲労が著しい柊のためにペースを抑えて牽引していた。

「福岡と愛知のペースアップは、中間スプリント争いに向けて、宮崎の南を置き去りにする目的だ。南に比べて、福岡の立花も、愛知の赤井もまだ上れるタイプのスプリンターだからな」

「なるほど」

「メイン集団のコントロールは福岡と愛知に任せて、竹内は下がっていてくれ。中間スプリントが終わった後に、もうひと働きしてもらいたいからな」

「承知しました。柊先輩はよろしいのですか?一応伊佐がついてはいますが」

「柊自身に任せるしかない。ここまでメイン集団についてこれたのだから、よほどのことがない限り、タイムアウトで失格にはならないはずだ」

 ステージによって制限時間は変わってくるが、今日の場合はトップ選手がゴールしてそのタイムプラス20%の時間内にゴールする必要がある。トップの選手が2時間でゴールした場合、トップから24分以上遅れると、失格となりそれ以降のステージにも出場できなくなる。

 伊佐には、柊が制限時間に間に合わない場合、柊を置いてゴールを目指すように言ってある。

 柊を失うのは痛いが、伊佐まで失うと、千葉の今後の戦略への影響が大きすぎるのだ。

 福岡と愛知のペースアップにより、メイン集団は半分ほどに絞られた。それでも60名以上の集団ではある。

 運営のモトバイクが、ホワイトボードでタイム差を教えてくれた。

 逃げグループ、メイン集団の下に、総合リーダーのタイムを表示された。

 千秋と静岡の選手たちが、メイン集団から遅れたことを示していた。


 アシストを全員残すという事はやらなかった。それは自身のチームである東京だけではなく千葉も同じだった。

 昨日消耗した夏井と麻生に、福岡と愛知のペースアップのタイミングで下がってもらった。

 残ったアシストは1年生の近江と森田となった。1年生を育てるのも、エースの役割だと思い定めていた。しかし不安はない。最終的には、自分の力でなんとかすればいいのだと植原は思っていた。

 中間スプリントポイントを通過した。1位、2位通過は逃げている2名で消化されていたため、3位争いとなっていたが、その点には全く興味がわかなかった。

 阿蘇の外輪山の上りで、半数以上が振るいにかけられた。中間スプリント争いとしては、異例のペースでの上りだった。

 ここからの、阿蘇中岳の上りは、総合争いの勝負となる。

 外輪山を下って、中岳の上りまで間にある中間スプリントを過ぎてから、千葉の竹内がメイン集団を牽引した。冬希のためにペースを作っているのだろう。

 上りが始まってからも、千葉にペースを作らせるわけにはいかなかった。彼らは冬希に有利なペースを作ろうとするだろう。植原としては、もっと厳しい、集団を締め上げるようなペースで走らせる必要があった。

「勝負どころだ。気を引き締めろ」

 植原は、近江と森田に言った。残り10㎞という距離は、平坦であるならばあっという間だが、上りでは、決して楽ではない厳しさを持っていた。

 近江が先頭に出た。森田が続く。植原がその後ろにつけた。

 近江に抜かれた竹内は、そのままメイン集団からも下がっていった。千葉は平良潤と冬希だけが残った。山口は多田と黒川の姿が見える。佐賀は、天野と坂東裕理の姿も一応あるが、すぐに天野だけになるだろう。いつもの事だ。

 宮崎の有馬は、ずっと一人で走っている。愛知の永田も中間スプリントを過ぎてからは、チームでは一人だけメイン集団に残っている。

 メイン集団は30人ほどまで絞られたが、まだ人数が多い。

 近江は、森田と植原を牽き続ける。すべての力を出し尽くすような牽きだった。集団はさらに絞られた。しかし、アシストを残せているチームは、なかなか剥がれない。黒川には多田、冬希には潤がいる。佐賀の天野もまだ動きを見せていない。

 エースのみが残っているチームもある。宮崎の有馬、愛知の永田を含め、5~6名はいる。

 前方から、逃げていたはずの佐賀の水野が下がってきた。

 中間スプリントポイントを通過した時点ですぐに踏み止めるのかと思っていたが、意外にも上りの中腹まで、逃げている牧山に付き合って走ってきたらしい。

 水野は後ろを振り向き、植原もそれにつられて後ろを振り向いた。同じ佐賀のチームメイトの天野が、首を横に振った。水野は、そのまま下がっていき、集団の一番後ろに引っかかるような形で残った。

 近江が先頭から離れ、森田が先頭に変わった。

 近江は完全に力を使い果たしたようで、上り坂を殆ど止まっているような状態で、コース端まで避けていった。

 森田に変わった、一瞬ペースが緩んだタイミングで、愛知の永田がアタックした。

「森田、追え!」

「はい!」

 一度永田に離されれば、だれが追いかけるか集団内で牽制になってしまう。そうなれば永田に押し切られてしまう可能性がある。その前に捕まえなければならない。

 それにしても永田という男は1年でありながら、いろいろと積極的な動きを見せ、総合上位勢と見事に渡り合えている。積極的な動きを見せられるのは、自分で色々と考えながら走れているという事と、まだ脚に余裕があるという事だろう。

 森田と近江を育てるには、アシストとして使うだけではなく、自分で考えさせるような走りをさせるべきなのだろうか。そういう考えが一瞬植原の脳裏に浮かび、それを直ぐに打ち消した。今は自分の総合優勝だけを考えるべきだ。

 モトバイクがタイム差を知らせてきた。逃げている牧山とは3分のタイム差がある。もはや牧山の逃げ切りは確定出来だろう。問題は2位争いだ。ステージ2位にはボーナスタイムも与えられる。

 永田とメイン集団はまだ20m程離れてはいたが、モトバイクは1つのグループとして扱っている。

 植原たち総合上位勢のグループを牽引する森田が、アタックをした永田に追いついた。同じ1年、名門校同士としての意地のようなものが見えた。

 ふと、森田のペースが落ちた。まだゴールまで2㎞ある。予定では1.5㎞までは森田の牽引になっていたはずだった。

 永田のアタックが、東京のプランを狂わせた。永田の追走で、森田は想定外の脚を使われた。

 植原は迷った。アタックをかけるには、タイミングが早すぎる。ここから仕掛けて、ゴールまで脚が続く自信が持てなかった。森田は、自分に与えられたミッションをなんとか完遂しようと先頭に留まろうとしていた。だが、ペースは明らかに遅い。

 残り1.7㎞で植原は、一気に加速した。少々強引でも、仕掛けるしかない。

 森田、潤、多田、水野が下がり、黒川、天野、冬希が追いかけてくる。

 永田は、一瞬追いかけようとして、諦めたようだ。

 有馬の姿は既にない。

 植原は、ゴールまで脚を残すことも計算に入れながら、ダンシングで上っていった。

 2位争いは4人に絞られた。

 上りを終え、ほぼ平坦な直進に入った。

 植原が振り向くと、二人が迫っていた。

 黒川真吾。アイウェアを外している。天野優一。二人とも全力でもがいていた。

 植原は余力は残していた。力を振り絞ってスプリントをした。二人の追撃をしのいだと思った。

 しかし植原は、冬希がどこにいるか全く把握できていなかった。ただ、フィニッシュラインを通過する直前に、空気を切り裂くかのような勢いで、何者かが自分を抜いていった。

 当事者ではない立場では、何度も見ていた光景だった。だが、実際に自分が光速スプリントに敗れるという経験をした時、それが抗いようがないものだと、植原は初めて理解した。

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