第341話 全国高校自転車競技会 第3ステージ

 どこかで道を間違えた、という認識は有馬豪志には無かった。

 自分たちの力だけで何かを成し遂げようとした結果、それに失敗しつつあるという現実だけが目の前に繰り広げられていた。

 高校の部活動というものは、結局のところ、大人が金を出し、大人が決めたことに従い、大人に与えられた役割の範囲で、自分の力を発揮するものでしかなかった。

 日南大付属は、日南大への特別推薦を得られるということで、多くの生徒たちを集めていた。エスカレーター式というわけではないが、学年の半数ほどが日南大への特別推薦を受けることが可能だった。

 有馬も含めた、現在の自転車競技部のメンバーも、別々のクラブチームに所属していながら、それを目当てで日南大付属に進学し、偶然の再開を果たすことになったのだ。

 現在、宮崎代表チームは、有馬の総合優勝を目指すチームから、南龍鳳のスプリントチームへとシフトしていた。

 あくまで、有馬の総合チームだという姿勢貫いてもよかった。だが、一色という新しい監督に反発した結果、特別推薦を受けられないかもしれないという可能性が頭をよぎった。

 有馬が良い成績を残せば、有馬は自分で進学先を確保できるかもしれない。しかし、他のメンバー4人の進学についてまで、有馬は保障することが出来ないのだ。

 南龍鳳は、特別な力を持ったスプリンターであることは、認めざるを得なかった。だから、有馬以外のチームメンバーが南のサポートに回ることも了承した。だが、第2ステージのレース後に南が口にした言葉を、有馬は放っておくことが出来なかった。

 南は、レース後のインタビューに対して

「ゴール前まで一緒に行ければ、青山冬希だろうと黒川真吾だろうと、負けることはありません」

 と言った。インタビュアーを前にしてはいたが、それでも有馬は南に怒鳴りつけた。

「ゴール前まで行けなかったからお前は負けたんだろうが。自転車ロードレースを甘く見るな」

 南は、不満げな視線を有馬へ向けた。

「立花や赤井と、青山を同列で見るな。あの男は計り知れない力を持っている。甘く見ると痛い目を見るぞ」

 気が付くと、有馬はそう口にしていた。

 有馬と青山は、直接話したことは一度二度ぐらいで、それもあいさつ程度だが、昨年の全国高校自転車競技会で、同じ1年として2、3年と戦えることを示してくれた点について

「負けられない」

 と、気持ち火をつけてくれた選手でもあり、どこか戦友のように思っていたところがあった。そんな男を呼び捨てにされたことが、癇に障った。有馬は、反感を込めた南の視線を背に、その場を立ち去った。柄にもないことを言ったと思った。

 第3ステージがスタートした。

 佐賀市から熊本市内への74㎞だ。

 千葉のメイン集団のコントロールは、非の打ちどころのないものだった。

 タイム差が1分以内の選手が逃げようとした場合は、飛び出してスピードに乗る前に全て捕まえた。

 通常、逃げに乗せてはいけない選手が誰かは、自転車のトップチューブにゼッケン番号を記載した紙を貼り付けて、それを見ながら追いかける。第2ステージの山口の選手たちもそうだった。

 だが、千葉はメンバー全員が対象選手のゼッケン番号を頭に入れているようで、紙を見て捕まえる対象かどうかを確認するまでもなく、前に上がってきた時点で既に補足されているようなものだった。

 茨城の牧山がアタックをした。それに佐賀の水野、京都の明智が飛び乗る。

 メイン集団は追わない。いずれも昨日の第2ステージで3分以上遅れている選手たちだ。彼らは、逃げに乗りやすくするため、わざとトップ選手たちとのタイムから遅れてゴールすることがある。

 後から、和歌山の石田もアタックを掛けようとしたが、飛び出そうとした瞬間にすでに千葉にチェックにつかれており、諦める羽目となった。石田は総合タイムでトップから50秒しか遅れていない。

 アタックが散発的になった。

 千葉に加え、東京、宮崎、福岡、愛知の選手たちが集団前方に出てきて、これ以上アタックが決まらないように、横並びになって集団最前列で蓋をした。

 牧山、水野、明智の3名の逃げが決まった。

 

 メイン集団は安定した。

 冬希たちは、5分までは逃げ集団とのタイム差を許容するつもりだったが、宮崎や愛知といったスプリンター系チームは、3分まで開いたところでメイン集団の先頭に出て、ペースをコントロールし始めた。

「しっかり脚を回しておけ」

 平良潤からチームのメンバーに指示が出た。

 冬希も、ケイデンス高めでペダル踏んでいる。昨日の疲労を、今日取って置こうと思った。

 冬希は総合リーダーの証であるイエロージャージを着用していた。

 総合リーダー争いのライバルとしては、冬希と黒川が着用し、天野、植原はまだ総合1位にはなっていない。しかし、冬希と黒川が他の二人に先んじているかというと、そういうわけでもない。

「旗色が悪いですね。潤先輩」

「ああ、特に佐賀にはこちらの戦力は丸裸にされたと思う」

 第2ステージで、冬希はステージ優勝し、総合リーダーを手に入れた。しかし、同時に千葉のアシスト陣の能力もさらけ出す結果となった。メイン集団のコントロールに失敗した山口も、選手層の薄さを露呈してしまった。それに対し、東京と佐賀はまだ底を見せていない。

「俺は、昨日冬希先輩が勝ってよかったと思っています。劣勢に回るのであれば、なぜ昨日勝負したのですか」

 伊佐が口をはさんできた。こういう事に対して、潤も冬希も邪険にせず、丁寧に説明するようにしている。

「理由は二点ある。大差をつけて逃げ切られる可能性があったというのが一点。山口に逃げを潰す力がないと分かったから」

「もう一点は?」

「冬希の気分を楽にするためだよ」

 潤の言葉に、冬希は小さくうなずいた。

 宮崎の南龍鳳の活躍に対して、冬希は多少なりと心を乱されていた部分があった。どうやら自分で思っていたより、負けず嫌いだったらしい。1勝して総合リーダージャージも着用したことで、今日のレースは心穏やかに過ごせそうな気がしていた。

「そういうものですか」

「うちはゼッケン1番をつけているし、過去の冬希の活躍を知る人たちからは、そういう目で見られるからね。今日は誰が勝とうが、総合リーダーを手放そうが、関係ないと、冬希は今は思っている」

「思ってますね」

 潤の言葉に、冬希は笑いながら言った。

「今日は、何もしないのですか?」

「何もしないと言ったら語弊があるな。勝負しないステージでも、後日の戦いに備えた行動をとれるかどうかで、結果が変わってくる。だから、脚を回せと言ったんだ。足にたまった乳酸を分解することで、明日のステージで働けるように準備しておくんだ。明日は1級山岳だ。冬希は、黒川や天野、植原、有馬、それに愛知の永田らだけを見て戦うことになる」

「ちょっと待ってください。潤先輩は、選手全員が敵だと言いました」

「もちろんそうだよ」

「冬希先輩が5人だけを相手にするというのとは、矛盾するのではないですか」

「それ以外の相手は、僕たちがなとかする。冬希を総合ライバルとの戦いに集中させるんだ」

「抽象的でわかりません。俺たちは具体的にどうすれば良いんでしょうか」

「直ぐにできるようにならなくてもいい、僕たちの動きを見て、理解すればいい」

 伊佐は、完全に納得したわけではないだろうが、それ以上は何も言わなかった。

 残り5㎞で逃げ集団はつかまり、スプリンター系チームでのゴールスプリントとなった。

 結果は南の圧勝だった。

 立花も赤井も、成すすべもなかった。

 冬希が集団の中でフィニッシュラインを通過した時、南と目が合った。

 南は憮然とした表情で冬希を指差していた。

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