第340話 レース後

 黒川が総合トップから陥落した。昨年のJプレミアツアーのシリーズでは見られなかったことだ。

 黒川を引きずり降ろしたのは、光速スプリンターと呼ばれる青山冬希だ。

 ユースチームの中では、無類の強さを見せていた黒川の後退に、旧チームメイトたちから心配するメッセージが、多田に対して多く届いていた。

 レースが終わり、ホテルに帰ってスマートフォンを見て、その着信の多さに意外さを覚えた。

 現状でトップではないことを、それほど気にすることではないと考えていた多田は、それらに逐一返信する気はなかった。

 Jプレミアツアーと全国高校自転車競技会は、違うところが多すぎるのだ。

 Jプレミアツアーは、シリーズ中の各レースの順位によってポイントが与えられ、最終的に一番ポイントが高い選手がシリーズチャンピオンとなるのに対して、全国高校自転車競技会は、総合タイムによって、最終的な順位が決定される。従ってJプレミアツアーは、1レースで獲得できるポイント数に上限があるが、全国高校自転車競技会は、つけることが出来るタイム差に上限がないため、どの程度のタイム差をつけられても、1ステージで逆転することが可能となる。

 そして、Jプレミアツアーは年間を通して10戦行われ、その間隔は短くても3週間以上あるが、全国高校自転車競技会はステージレースで10戦あり、休息日があっても1日だ。

 黒川も、そしてアシストをしていた多田も、Jプレミアツアー時代は、1レースに全力をつぎ込むことが出来ていたが、全国高校自転車競技会では、翌日、そして翌々日の事も考えなければならない。黒川が総合リーダーとなり、山口がメイン集団をコントロールしなければならない状況になった場合、多田の負担が大きくなりすぎる。

 黒川、多田以外の3人は、戦力にならない。連日、ほぼ一人でメイン集団をコントロールすることになるのだ。

 1レースぐらいなら、なんとかできるだろうが、全国高校自転車競技会のように連続で10ステージあるようなレースでは、さすがに体がもたない。

「黒川、ギリギリまで総合1位になるのを我慢してくれ。できれば第9ステージぐらいでトップに立つのが理想だよ」

「ああ、青山冬希との決着は、山岳ステージでつけることになるだろう。平坦ステージだと、邪魔が多すぎる」

「それはそうと、チェーンの付け替えは終わったのか?」

「ああ、なんとか出来たよ。前のチェーンは、ピンが壊れていた」

「しかし、ユースチームを止めてから、一度もチェーンを交換していなかったとはな」

「ユース自体は、帯同してくれていたメカニックがやってくれていたからな。色々なスタッフに支えられていたんだなと、今更ながら実感しているよ」

 Jプレミアツアーというよりもユースチームの特性かもしれないが、国内でプロになる選手を選ぶセレクションのような意味合いが強いため、Jプレミアツアー自体も、個人最強選手の決定戦のような色が濃くなっている。

 そういった意味では黒川は、そのポジションを脅かすものが出ないほど強かった。

 しかし全国高校自転車競技会のように、その大会に優勝すること自体が目的となっている場合、チームは目標に向けて団結してぶつかってくる。

 黒川個人の強さや多田一人のアシストだけでは、太刀打ちできない状況が出来上がっていた。

 チームのスタッフやチームメイトの重要性を、黒川は現実的に感じられるようになっていた。

 多田はそれだけで、黒川はこの大会に参加できてよかった、と感じていた。

「お前さえいればいい」

 ではこの先やっていけないのだ。

「多田、チェーンがちゃんとついているか見てくれよ。塙に教わりながらやってみたんだけどな」

 黒川と、多田以外のチームメイト3人との仲は、取り立てて悪いというわけではない。

「あの3人にも、まだまだ働いてもらわないといけないな」

「それにしても多田、今日の青山のスプリントは期待以上だった。後ろから見ていて、俺は同じレースを走れていることが愉しくなったよ」

 二人は、選手たちの自転車が置かれているホテルの会議室へ向かうため、部屋を出た。


 ハンガーで壁にかかった赤い山岳賞ジャージを眺めながら、潤は不思議な気持ちに包まれていた。

 腰のあたりのゼッケンには3番がプリントされており、それが自分に与えられたものだということを表していた。

 明日は山岳ポイントがなく、潤は、落車などでの棄権がなければ、2日間この山岳賞ジャージを着用することが決まっている。だが同時に、それ以上維持するのは難しいこともわかっていた。

 当然だが、獲れるジャージはすべて獲りたい。だがチーム力にも限界があり、複数のジャージをキープすることは、現実的ではなかった。

 実際に、新人賞ジャージを着用していた竹内も、インターハイの強豪である愛知の、次期総合エース候補である永田にその座を奪われている。それは、チーム内の役割の違いであり、能力的にどっちが上とかの話ではないと、潤は考えていた。

 現在、潤の山岳ポイントは5ptとなっている。

 山岳ポイントは、

・一級山岳

 1位:10pt

 2位:8pt

 3位:6pt

 4位:4pt

 5位:2pt

 6位:1pt

・二級山岳

 1位:5pt

 2位:3pt

 3位:2pt

 4位:1pt

・三級山岳

 1位:2pt

 2位:1p

となっており、昨日の三瀬峠は二級山岳のため、潤が5pt、冬希が3pt獲得している。

 山岳ステージが始まり一級山岳が出てくれば、3位の選手にも抜かれてしまう。

 むしろ、冬希のスプリント賞獲得のほうが現実的な気もする。

 スプリントポイントは、

・中間スプリント

 1位:20pt

 2位:17pt

 3位:15pt

 4位:13pt

 5位:11pt

 6位:10pt

 7位:9pt

 8位:8pt

 9位:7pt

 10位:6pt

 11位:5pt

 12位:4pt

 13位:3pt

 14位:2pt

 15位:1pt

・フィニッシュラインポイント(平坦ステージ)

 1位:50pt

 2位:30pt

 3位:20pt

 4位:18pt

 5位:16pt

 6位:14pt

 7位:12pt

 8位:10pt

 9位:8pt

 10位:7pt

 11位:6pt

 12位:5pt

 13位:4pt

 14位:3pt

 15位:2pt

となっており、現時点では、大会最強のスプリンターと言われる南龍鳳と冬希は50ptで並んで現在は4位につけている。

 しかしそれでも、福岡の立花や、愛知の赤井、佐賀の水野に、宮崎の南も含めた4人スプリント賞を争いながら総合優勝を目指すのは、無理があるように思えた。

 冬希は、現在総合1位にはなっている。

 しかし、第4ステージからの山岳も含めたコースで、冬希がどこまで戦えるかは、やってみなければわからない。

 相手は、国体総合優勝の天野、全日本選抜で優勝した植原、ユースのシリーズチャンピオンだる黒川など、全国クラスで優勝経験がある強力な選手たちだ。

 第2ステージのボーナスタイムで、冬希は黒川を逆転して総合リーダーとなった。

 ボーナスタイムは

・中間スプリント

 1位:3秒

 2位:2秒

 3位:1秒

・フィニッシュライン

 1位:10秒

 2位;6秒

 3位:4秒

となっている。

 冬希は、第2ステージで優勝したので、10秒のボーナスタイムで、黒川との9秒のタイム差を逆転した。

 だが、タイム差はわずかに1秒であり、ボーナスタイムだけでも簡単に逆転されてしまう。

 天野、植原、黒川との戦いを考えれば、山岳ステージに入る前に、出来るだけタイム差をつけておきたい。

「頭が痛いな」

 潤は独り言ちた。だが、胸は高まっている。

 まずは、明日の第3ステージをどのように戦うか、話し合うところから始めようと思った。

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