第342話 全国高校自転車競技会第3ステージ レース後

 レースは終わった。

 第3ステージは南が圧勝し、2勝目を挙げた。

「南、お前どういうつもりだ。プロレスでもやっているつもりなのか」

 有馬は、レース後に冬希を挑発した南に怒鳴りつけていた。

 自分でも、南に対する態度が厳しいものになっているという自覚はあった。

「青山冬希は、俺と勝負しようとしていません。俺がいない時だけ勝っておいて、俺が出ていくと勝負しようとする気配すら出しません。卑怯だと思いました」

「青山は、総合エースとして先々まで考えて走っている。勝負するステージ、勝負しないステージもその基準で決めているんだ。個々のステージを勝って良い気分になっていられるお前とは立場が違うんだ」

 南は、不満そうに有馬を見上げた。半ば自分を擁護する事を言っている、という気がして、有馬は目をそらした。

 小玉がやってきて、二人の間に入った。

「南、青山と闘う機会は、高校3年間の中できっとある。その時に胸を張って勝ったと言うためにも、挑発なんていう安っぽい行為はやめるんだ」

 小玉の言葉に、南は渋々うなずくと、表彰式の準備をするために綺麗なジャージに着替えるためにテントの奥へさがっていった。

「荒れているな、有馬」

「相手が強いんだ、小玉。黒川はまだ微塵も本気で走ってはいない。青山も第2ステージの上りで苦しそうな素振りを微塵も見せなかった。むしろ俺のほうが追い込まれていた。植原は全日本選抜で勝ってから立ち居振る舞いに余裕が出ているし、佐賀は全く得体が知れない」

「珍しく弱気だな」

「小玉、俺は負けるつもりはない。だが、お前らがいてくれたらと、どうしても思ってしまう」

 千葉は、持てる力をすべて出し切るような戦いをした。手の内をさらしたようなものだが、デメリットよりメリットを取ったというだけの事だろう、と有馬は思っていた。

 恐るべきチーム力だった。だが、登坂能力については、平良兄弟と、残りの2名で差があるように見えた。

 山岳の勝負どころでは、青山冬希のアシストは平良兄弟だけと見ていいだろう。それに対して、宮崎は去年と同じメンバーなら全員が上れる選手だった。千葉の2名のアシストに対し、宮崎は4名のアシストで戦える筈だった。しかし、1名は南に取って代わられ、残りの3名も南のアシストとして召し上げられてしまった。

「有馬から見て、南はどういう風に見える?厳しいことも言っていたようだが」

「簡単に勝ちすぎた、という側面はあると思う。他の選手、特に青山に対して、相手にされていない不満を、青山を見下すことで心のバランスを取ろうとしているのかもしれない」

 昨日の第2ステージで、なんとか先頭集団の中でゴールした有馬は、勝った冬希の走りを見ていた。立花や赤井が仕掛けても、慌てることなく冷静に仕掛けるタイミングを見計らっていた。

 そして、二人をきっちり捉えて見せた。

 唸るようなスプリントだった。決して南などが甘く見ていいような走りではなかった。

「小玉、お前から言ってくれ。俺のいう事は、もう聞かないだろう」

「俺が言っても聞くとは思えないけどな」

 小玉は、肩をすくめて言った。しばらくは山岳ステージが続く。

 小玉たちの仕事は、南を勝たせることから、無事に南を制限時間内にフィニッシュラインに連れていくことになる。

 それは、勝たせるということより、はるかに難しい仕事になる筈だ。

 南が制限時間内にゴールできずに失格になれば、3人は自分のアシストに戻ってきてくれるだろうか。その考えを有馬はすぐに否定した。おそらく、3人は南を見捨てずに、一緒にタイムアウトになるだろう。

 どうやっても、一人で戦うしかない。

 有馬は、自分の中でわずかに残っていた、甘い考えを捨てた。


「伊佐、平坦ステージって、あといくつあったっけ?」

「第7ステージと最終の第10ステージです。冬希先輩」

「冬希、別に我慢する必要はない。いつだって南と勝負していいんだぞ」

 潤は、あまり細かいことは言わなくなっていた。国体の時は、総合エースである潤自身に、かなり細かいところまで目標を課していたように見えたが、今は冬希に対して、大きな方針を示すものの、決してうるさいことは言わない。

「冗談ですよ。挑発に乗るつもりはありませんから、安心してください」

 第1ステージのスプリントを見て、真っ向勝負では南には勝てないという事は、冬希自身が一番感じていることだった。ただ、今まで真っ向勝負などという事をやったことがあるかというと、かなり怪しい気もしていた。

「竹内、伊佐、足の調子はどうだい?」

「スタート前よりほぐれている気がします」

「朝より軽くなっていますね」

 今日は逃げの人数も少なかったので、メイン集団もそこまでペースが速くなかった。冬希たちは、メイン集団の前方に配置したものの、実質はスプリント系チームの少人数による牽引だけで済んだため、チームとしては温存しつつ回復することもできた。

「明日は上りがメインだからな。阿蘇の外輪山を上る前ぐらいまでは、二人にも頑張ってもらわないといけない。そこからは、柊と僕で冬希をゴール近くまで連れていくことになる。それまで他のチームが仕掛けてくる可能性のほうが高いと思う」

 総合リーダージャージはキープした。今日のような平坦ステージでは、それで上出来だった。

 明日は厳しい戦いになる。黒川、天野、植原、有馬らと、どのぐらい戦えるのか、明日恐らく明らかになる。

 彼らのほうが、実力は上かもしれない。だが、それがはっきりしたうえで、どのように戦うかを考えていく事が重要なのだと冬希は考えていた。

 ただ単に能力値が結果に反映されるのであれば、逆転勝利などという事象は発生しないだろう。

 決して諦めずに、絶えず考え続ける。

 戦い続け、チャンスを待つ。

 中学の頃から、負けることにも、耐え続けることにも慣れていた。

 辛いことに対する感覚がマヒしているのかもしれない。

「冬希、明日は楽しい激坂ゴールだぞ」

 こちらも辛いことなど何一つなさそうな柊が、のんきに声をかけてきた。

「激坂を楽しいと思っているのは、柊先輩ぐらいでしょう」

「そう思えないという事は、修行が足りてないんだよ」

「冬希、柊、明日の話もしておきたい。柊には山岳区間のアシストをしてもらうとともに、誰か早めにアタックを掛ける選手がいたら、チェックしてもらう役割もやってもらってもいいと思っている」

「そうですね。明日の第4ステージは山頂ゴールなので、総合成績が大きく動くと思います。仕掛ける選手がいたら、柊先輩がその後ろにぶら下がって、嫌がらせをしてくれると助かります」

 上りでドラフティングの効果は低いとはいえ、後ろにピッタリつかれて風よけにされると、前を走る選手は精神的に辛い。

 そこはそうなのだが、潤が本当に聞きたいのはそういうことではないことも冬希はわかっている。

「その場合は、俺の事は忘れて、ステージを勝っちゃってください」

「いいのか?」

 柊の目の色に鋭さが加わった。

「ボーナスタイムを削ってもらうのも、大切なアシストだと思っているので」

「決まりだな」

 最初からそれを確認したかったのであろう潤は、嬉しそうに笑った。


■第3ステージ

1:南 龍鳳(宮崎)455番 0.00

2:立花 道之(福岡)401番 +0.00

3:赤井 小虎(愛知)231番 +0.00

4:三浦新也(神奈川)141番 +0.00

5:土岐道信(岐阜)211番 +0.00


■総合

1:青山 冬希(千葉)1番 0.00

2:黒川 真吾(山口)351番 +0.01

3:植原 博昭(東京)131番 +0.04

4:天野 優一(佐賀)411番 +0.05

5:有馬 豪志(宮崎)451番 +0.06

6:千秋 秀正(静岡)221番 +0.10

6:永田 隼(愛知)235番 +0.10


■山岳賞

1:平良 潤(千葉)3番 5pt

2:青山 冬希(千葉)1番 3pt

3:麻生 孝之(東京)132番 2pt

4:夏井 壮太(東京)133番 1pt


■スプリント賞

1:南 龍鳳(宮崎)455番 115pt

2:赤井 小虎(愛知)231番 101p

3:立花 道之(福岡)401番 91pt

4:水野 良晴(佐賀)415番 90pt

5:青山 冬希(千葉)1番 54pt


■新人賞

1:永田 隼(愛知)235番 0.00

2:竹内 健(千葉)5番 +0.46

3:藤松 良太(栃木)341番 +0.49

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