第319話 告白

 終業式の日、冬希はいつも通り、真理を自宅の前まで送っていっていた。

 それはもう日課のようなものだった。

 部活への参加を禁止されている冬希は、吹奏楽部の真理が部活を終えるまでOA教室で宿題を行い、一緒に帰り、帰宅後にウォーミングアップとクーリングダウンを含め、3時間ほどローラー台に乗る日々を送っている。

「明日は朝から長野?」

「うん、でも着くのは夕方ぐらいかな。お母さん、安全運転だから」

「休みの間、部活は?」

「12月28日まではあるけど、里帰りとか年末年始を海外で過ごす人もいるから、自由参加みたいになってるよ」

「長野で、何をするの?」

「色々親戚のうちを回ったり、あとファゴットも持っていくから、時間があれば練習したいかな。親戚の子たちに会うのも楽しみ」

 親戚とはいえ、同年代の男もいるだろう。そういった想像が、嫉妬を含んだ焦燥感となって冬希を不安にさせていた。

「可愛いんだよ。段ボールを逆さまにして、亀って言って。年長さんの女の子と年少さんの男の子が、乙姫様と浦島太郎やるから、亀をいじめる役やってって言われるの。亀をいじめる子のセリフなんてわからなくって困ったよ」

「普通に意地悪なことを言えばいいんじゃない」

「たとえば?」

「おい亀、お前はどうしてそんなにノロマなんだ。悔しかったらあそこの丘まで俺と競争・・・」

「いや、違う物語になってるし、そのまま話が進んじゃうと浦島太郎も乙姫様も出番がないよ」

 真理は楽しそうに笑い、その笑顔を見て、冬希は満たされた気持ちになった。

 冬希は意を決した。

「あの、荒木さん、大切なお話があるので、少しお時間よろしいでしょうか」

「なんで敬語!?」

「よろしければ、川沿いの公園のベンチででも」

 我ながら、かなり怪しい口調で人気のない公園に誘い込もうとしているヤバい人間のようだと思わないでもない。ただ、緊張してしまい、普通に話せなくなってきていた。

 一方で真理は、冬希から危害を加えたりされることを、一切想像していないようだった。

「はは、何それ。告白でもするみたいだよ」

「・・・・・・・」

「えっ・・・・・・」


「なんかごめん」

 冬希と真理は、小さな川に沿って細長く作られた公園のベンチに並んで座っていた。

「こういうことは、歩きながらとかじゃなくって、ちゃんと話したほうがいいと思って・・・」

 自分など意識されていなかったかのような一言に、冬希は絶望していた。

「うん、私も女の子だからそういうシチュエーションには憧れもあったよ。つい先ほど、自分で台無しにしてしまったけど・・・」

 項垂れる冬希と、頭を抱えている真理は、雰囲気的には壊滅的ではあるが、もはや後には退けない。

「中学の頃から、ずっと言いたいとは思ってたんだ。ただ、自分に自信が持てなくて」

「うん」

「だけど、高校に入って、色々なことがあって、少しずつ周りのことも見えるようになって、あの頃に比べて、少しマシな人間になったかなって。少しだけ自分に自信が持てるようになってきたから。中学の頃から想ってきた気持ちを今なら伝えられると思って」

 言葉の端々に、自信のなさが滲み出ていると、冬希は自分で恥ずかしくなっていた。

「中学の頃から、冬希くんは話していて面白いし、いい人だということはわかっているんだけど」

 最後の逆接に冬希の心臓は止まりそうになった。

「私、結構面倒くさいと思うよ」

「大丈夫、うちの姉は面倒臭いなんてレベルじゃないから」

「小さいことを気にして、不機嫌になったりするし」

「大丈夫。俺、慣れてるし」

 姉の心の中で謝りつつ、冬希は自分が喋りすぎていることを自覚していた。こういう場合は、黙ってうんうんと頷くぐらいが良いのかもしれない。ただ、相手に自分を振る理由を与えないように必死になってのだ。

 真理のトーンが少し変わった。

「私より可愛い子もいるし」

「個人的な好みでいうと、荒木さん以上の人に会ったことはないよ」

「何か人に自慢できる特技とか、打ち込んでいるものとか無いよ。吹奏楽に入ったのも、楽器を弾けるようになりたいっていう理由だし」

「俺だってそうだよ。自転車も荒木さんと同じ学校に行くためだけに始めたんだし・・・」

 真理が急に口元を抑えてそっぽを向いた。

「ど、どうしたの?」

「いや、私も多分そうかなとは思ってたんだけど・・・面と向かって言われるとドキドキする・・・」

 そう言えばそうだ。真理を追って神崎高校を受験した事を、今初めて本人に言ったことになる。

 しばしの沈黙ののち、ムッとした表情の真理が、相変わらず口元だけは抑えて、冬希に言った。

「私に黙って神崎高校受けて先に合格したこと、きっと一生文句言い続けるよ」

「いいよ。一生謝り続けるから」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「なんか今の、プロポーズっぽくなかった?」

「確かに」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「じゃあ・・・よろしくお願いします」

 真理の言葉に、冬希は思わず、

「やったー」

 と言っていた。


 その後、二人は丘の森の上にある真っ暗な神社に二人でお参りをした。

 土地神様に交際を報告する、という理由を冬希は真理に説明したが、実際にはすぐ帰るのがもったいなかっただけだった。

 そうだね、と一緒についてきた真理も、同じ気持ちだったと冬希は思いたかった。

 冬希は真理を家に送り届けた。

 一人で自宅へ向かう帰り道、冬希は喜びと安心に満たされていた。

 年が明ければ、骨折箇所の抜釘と、その一週間後に復帰戦が控えている。

 やらなければならないことは多く、厳しい一年になるだろう。

 だが、今はただ、この歓喜に身を委ねようと思った。

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