第311話 全日本選抜自転車ロードレースへ

 冬希たちを乗せた車は、関越自動車道を北上していた。

 車は、RX~7FD3Sではなく、セレナだった。

 神崎は、冬希と伊佐、竹内をRX~7に乗せようと試みた。しかし、どうやっても後部座席に伊佐と竹内がおさまらなかったのだ。

 二人を後部座席に乗せると、二人の膝が当たり、前に乗る二人が垂直以上に後ろにシートを倒すことができなかった。結果、校内にあったもう1台の車であるセレナで、群馬サイクルスポーツセンターを目指すことになった。

 東京外環自動車道を走っている辺りまでは、神崎はとても落ち込んでいる様子だった。4人乗れるというから買った車だったのだ。現実には、大人4人は乗れない車だった。

 現在は多少気持ちが持ち直したように、冬希には見えた。

「Jプレミアツアーというものを、君たちはどの程度知っているんだい?」

「先生が、全日本選手権の前に簡単に説明してくれた程度には」

 冬希は、記憶を呼び起こしながら答えた。

「日本国内に20チーム存在するコンチネンタルチームの、育成チーム的な存在で、将来プロの自転車ロードレース選手を目指している18歳以下のユースチームで争われる、日本中を回るシリーズ戦、でしたっけ」

「そうだね。インターハイや全国高校自転車競技会は、高校の自転車競技部の大会で、Jプレミアツアーは、プロのユースチームの大会ということになる。年間を通して全国を回るため、日程的に全日本選手権や国体に、各ユースチームの主力選手が出てくることも殆どない。ただ、ツアーが終了した後に行われる全日本選抜は、割とJプレミアツアーで活躍した選手たちが出てくることも多いんだ」

「まだ、クラブチーム、いやユースチームでしたっけ。それと高校の自転車競技部の違いがイマイチはっきりとはわからないんですけど」

「ははっ、青山くんはそうかもしれないね。後ろの二人は、その辺はしっかりわかっているんじゃないかな」

 冬希は、後部座席を振り向くと、伊佐がこくりと頷いて、話し始めた。

「ユースチームにいる選手たちは、上位の存在であるコンチネンタルチームへ昇格することを目標にしています。高校の自転車競技部は、そのチームとして優勝することを目標としています」

「その通り。わかったかな。青山くん」

「なんとなくは。プロを目指していない自分は、ユースチームに行く必要がないってことですね」

「そう。スポーツ選手は全員プロを目指すべきだと思っている人は、高校の自転車競技部で走る意味を理解できないと思うんだけど、目的が全く違うんだよ。だから、プレミアツアーと高校自転車競技部の大会は、レース展開も全く違ってくる」

「そこもちょっとわからないんですよね」

 冬希は首を傾げた。

 竹内が多少頬を紅潮させながら身を乗り出した。

「青山さんは、春の全国高校自転車選手権で、船津先輩が勝てるように、自らを囮にして尾崎選手を引きつけました。その結果、総合リーダーを失いましたよね」

「そうだね。失ったというか、結果船津さんが総合リーダーになったから、チーム的にはよかったのかなと思うけど」

 興奮気味に話す竹内に、少しと惑いながら冬希は答えた。

「個人タイムトライアルを中心に走ってた俺は、あのレースを見て感動して、ロードもやりたいと思ったんです」

「ただ、プレミアツアーではちょっと考えられない行為だったんです」

 興奮して脱線しつつあった竹内の話を戻すように、伊佐が言った。

「ユースチームに所属する子たちは、高校卒業時点で、コンチネンタルチームから昇格の話をもらわなければならないんだ。そしてプレミアツアーに出場できた8人のチームメイトの中で、昇格できるのは毎年1人か2人。3人いたら多い方なんだ。それがどういうことかわかるかい、青山くん」

「つまり、チームメイトが最大のライバルだと」

「そう。ツアーに参加する以上、個人総合優勝を目指すチーム編成になっているだろうし、その選手に選ばれなければ話にならないから、アシストというポジションでアピールもするのだろうけど、一度選手に選ばれれば、そこからはどこかで自分が勝ってやろうという気持ちを、みんな持っているんだ」

「目的意識が違うというのは、そういうことなんですね」

「だから、Jプレミアツアーと、インターハイや全国高校自転車競技会とでは、どちらが上とか下とか、そういうものではないんだよ。高校の自転車競技部からプロになる選手もいるしね」

 冬希は、まだ自分の頭でハッキリと理解できたわけではなかったが、Jプレミアツアーを戦っている選手たちは、自分がやっているのとは、全く違う戦いを行っているのだということだけはわかった気がした。

「でも、なんで伊佐くんはそんなに詳しいの?」

「青山くん、ユースチームの選手には、どうやってなると思う?」

「あ・・・・・・」

「はい、中体連の第1ステージで優勝した時に、都内のユースチームから声をかけていただきました」

 考えれば簡単な話だ。ユースチームだって暇ではない。人集めで各地で行われるレースで優秀な成績を収めた選手に声をかけるのは、当たり前のことだ。中体連の全国で勝てば、声がかかるのは当然の話だ。

「初めて聞いたぞ、伊佐。すごいじゃないか。俺は声なんてかけられなかったぞ」

「お前だってロードに出ていたら声をかけられていたさ、竹内。個人TTにしか出てなかったら、ロードに興味がないと思われて当然だろう」

「伊佐くんは、なんでユースチームに行かなかったの?」

「プロになることに興味がなかったわけではないですが、TVで見た全国高校自転車競技会に憧れがあったというのが1番の理由かもしれません」

 Jプレミアツアーも、全日本選手権やインターハイ、国体同様にスポーツ専門チャンネルでは見ることができたが、やはり知名度では、地上波で見ることができる全国高校自転車競技会が強い影響力を持っているのだろう。横で竹内もうんうんと頷いている。

 しばらく走ると、車は高速を降りた。

 全日本選抜自転車ロードレース、と書かれた看板が見える。

「なんとかレースが終わる前には着けそうだよ。RX~7だったらもうちょっと早く着けたんだろうけどね」

 高さがある車である分、神崎は風が強い区間では少し速度を落として走ったようだった。

 冬希は、レースを見るのが少し楽しみになっていた。

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