第300話 選手達の帰宅

 国体の自転車ロード少年男子は終了した。

 成年女子の部、成年男子の部は、時間差でスタートしているが、そのゴールを待たずに解散となった。

 冬希、潤、柊の3人は、高知龍馬空港から羽田空港への飛行機に乗った。

 少年男子の千葉県代表チーム監督の槙田は、チームカーとして使用した千葉県の公用車があるため、徳島からフェリーで東京まで移動することになっている。

 大川と竹内も、槙田と一緒に移動する。

 自転車や機材などは、チームカーに積まれており、槙田を含めて3人しか乗れないため、他の3人は槙田の計らいで、冬希たちは飛行機で帰ることになった。

 飛行機から降りて、スマートフォンに電源を入れると、神崎高校自転車競技部のチャットグループに、メッセージが届いていた。

「神崎先生が、空港まで迎えにきてくださっているそうだ。レースの顛末を聞きたいと」

 通路と動く歩道で、どちらが早いかの競争に夢中になっていた柊と冬希に、潤がスマートフォンを見ながら言った。

 その申し出は、柊や潤には有り難かった。

 自転車は、槙田たちが運んでくれるし、荷物もほとんどは宅配便で自宅に送っているが、ここから自宅までは電車で乗り継いで帰るしかない。帰宅ラッシュの時間帯なので、立ちっぱなしになり、レースを終えた体には少し辛かった。

「やあ、お疲れ様」

 指定された駐車場に、相変わらずニコニコした理事長兼神崎高校自転車競技部顧問の神崎秀文がいた。

「えっと・・・これは?」

 冬希、柊、潤共に固まっている。

 神崎がいつも乗っているフォレスターではなく、真っ赤なスポーツカーが停まっていた。

「RX~7だよ。奥さんが、子供達を迎えに行くから、フォレスターを使うというので、こっちになっちゃたんだよね」

「このスポーツカー、2人しか乗れないんじゃないですか?」

 冬希は言った。潤と柊も心配そうだ。

「タイプRは、4人乗りなんだよ。さあ、遠慮せずに乗って。潤くんと柊くんは、後部座席ね」

 神崎は、助手席を前に倒し、二人を手招きした。

「後部座席?」

 冬希には、座席というか、お尻を置く場所がえぐられている場所が二つあるようにしか見えなかった。

 潤が運転席の後ろ、柊が助手席の後ろに体を押し込めた。

 小柄な二人だが、膝を抱え込むような姿勢でしか乗り込むことができない。

 冬希が乗る助手席も、位置を一番前にした上で、シートを立てた状態でギリギリ後ろの柊を潰さないで済むという状態だった。

「冬希、お前もう少し前に行けよ。狭いんだよ」

「柊先輩、今おでこがフロントガラスにピッタリついてる状態なんですよ。これ以上前に行けないです。急ブレーキが掛かれば、ノータイムでフロントガラスを突き破る自信がありますよ」

「いやぁ、この車に4人乗せるの初めてなんだけど、乗れるもんだねぇ」

 神崎は上機嫌で車を発進させた。


 国体の自転車ロード少年男子の総合優勝を果たした佐賀の天野優一と坂東裕理は、別府へ向かうフェリーのデッキから、離れていく四国を見つめていた。

 天野が表彰式から戻ると、裕理は愛媛からサポートに来ていた大会スタッフと仲が良くなっており、そのまま八幡浜まで送ってもらえることになっていた。

 その分浮いた電車代を裕理がどうするつもりなのかは、天野は聞かないことにした。それはいつものことだった。

 聞いてしまうと、知っていて止めなかったと共犯になってしまうのだ。

「戻ったら、とりあえずはオフだな。2月あたりから少しずつレースに出始める。レースに向けて、という意味での練習は休みだ。心も体も休めておけ」

「11月末の、全日本選抜は出なくてもよろしいのですか?」

「国体獲ったお前は、出場選手に選ばれるだろうが、そこに勝つには、相当しんどい思いをしないといけないからな。植原あたりは死に物狂いで獲りにくるだろうし」

 裕理は、離れていく港から目を逸らさずに言った。

「全国高校自転車競技会、全日本選手権、インターハイは、それぞれ3年が獲った。国体は同じ1年のお前が総合優勝だ。植原が年度内にタイトルを獲るとしたら、もう全日本選抜しかない」

 全日本選抜は、年内の実績から、出場選手が選抜される。

 各レース、各ステージの上位入賞者ばかりのレースになる。裕理も、全国の主要なレース全てに出場はしているものの、成績という意味では、特に目立ったものは残せていない。

「中級山岳ぐらいなら、お前も植原には勝てるかもしれないが、オールラウンダーとしては奴の方が数段上だ。勝算を考えると、ここはパスして春に備えた方がいいだろう」

 そこまで言って裕理は少し考え始めた。天野は、裕理の思考の邪魔しないように黙って待っている。

「水野の今日のステージの結果は、何位だった?」

「7位です。先頭の二人、追走の4人のすぐ後でゴールしています」

「8位以内、入賞してるじゃねえか。あいつに選抜に出てもらうか」

 水野良晴は、居住地の関係で国体は長崎県代表として出場したが、佐賀大和高校の選手でもある。

「楽に勝たせるのも癪だからな。嫌がらせのために水野をぶつけよう」

 こういう言い方をするから誤解をされやすいが、裕理はただので嫌がらせのために水野を出場させようとしているわけではないということは、天野にもわかっていた。

 国体より前のレースに出ておらず比較的フレッシュな状態の水野を、主要なレース全てに出場して消耗してきた植原にぶつけることで、来年の春の全国高校自転車競技会までに回復できないほどダメージを与えてやろうという目論みなのだろうと天野は思った。

 あるいは、ここまで佐賀大和高校の選手として戦うことが出来なかった水野に、学校を背負って全国で戦う舞台を用意してやるという裕理なりの温情なのかもしれない。

 いずれにしても、その本心を天野は窺い知ることはできなかった。

 気がつくと、もう八幡浜の港は、遠く見えなくなっていた。

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