オフシーズン編

第301話 体育祭①

 10月は過ごしやすい、という人がいる。

 しかし、実際には暑い日もあれば寒い日もあり、どの程度厚着するかという判断を誤れば、汗だくで1日を過ごしたり、登下校中に寒さに震え続けることになる。

 夏のように、暑い一択というわけではないので、毎朝、天気予報で気温のチェックは必須となる。

 冬希がスマートフォンで気温をチェックしていると、姉が玄関から出かけようとしていた。

「ねーちゃん、午後から暖かくなるらしいから、キャストオフ可能な服装で出かけた方がいいよ」

「あんたがいうと、おかしな目で見られるからやめなさいよ」

 キャストオフという言葉を教えてくれたのは、アニメーター志望で重度のオタクでもある、安川優子だ。

 彼女は、色々な方向から立体的に絵を描くモデルに、と、夏に稼いだバイト代で教材として男性キャラクターのフィギュアを買い漁っていると言っていた。

 服が着脱可能なことを、キャストオフというらしい。

 教材って、キャストオフできる必要があるのだろうか、と冬希は疑問に思っていた。

 いつも通り登校すると、情報システム科の学級委員長、杉山聡子が話しかけてきた。

「青山くん、体育祭の出場競技なんだけど」

「ああ、体育祭か」

 冬希は、体育祭のことを、事故の件や国体のサポートですっかり忘れていた。

 学年全員で行う組体操も、鎖骨の骨折の件があるので、冬希は免除されていて、練習にも参加していない。

 今の鎖骨の状態で、ピラミッドの土台をやるなど、恐ろしくて考えたくもない。

 冬希は、委員長の次の言葉を待ったが、彼女はモジモジして中々次の言葉を続けようとしなかった。

「えっと、もしかして不在だったから誰もやりたがらない、余った競技に割り振られてしまった?」

 確かに、体育祭の競技を決めるホームルームの時、冬希は国体のサポートのため、学校にはいなかった。

「ううん、私の目の黒いうちは、そんな卑劣なことは、断じてさせないよ!」

 正義感、と両目に書いてあるように錯覚してしまうほどの眼力だった。」

「じゃあ、どうゆうふうに決まったの?」

「青山くんの分は、私がジャンケンに参加したの」

「ありがとう、苦労をかけて申し訳なかったね。で、俺は何の競技になったの?」

「1500m走と、スウェーデンリレーのアンカー・・・」

「委員長、ジャンケンよわっ!!」

 申し訳なさそうにしている委員長に、冬希はそれ以上何も言えなかった。

 全競技中、最長距離を走る1500m走と、第1走者から徐々に走る距離が長くなっていくスウェーデンリレーで最長距離である400mを走る必要があるアンカーは、間違いなく最大の不人気競技だった。


 授業を終えると、あたりはもう薄暗くなっていた。

 自転車競技部の部室は、照明をつけると明るすぎるが、消していると暗すぎる。結果として、部室の半分だけ明るい状態となっている。

「それは大変だな」

 平良潤は、ローラー台に取り付けられた自身のロードバイクのペダルを踏み続けていた。

 もう、本格的なトレーニングはお休みとなっており、数日かけて国体の疲労を取り除く予定となっている。

「先輩たちは、大丈夫だったんですか?」

「柊は借り物競走。僕は保険委員だからね。柊と出る二人三脚だけなんだ」

「双子て二人三脚って面白そうですね」

 二人のためにある競技と言っても過言ではない気がする。

 潤の隣でペダルを回していた柊が顔を上げた。

「お前ら、部活紹介の後にある部活対抗リレーを忘れるなよ」

「そんなものがあるんですか」

「ああ、今回は、部活対抗リレーの後半だったな」

 潤が、唇に指を当て、ふむ、と呟いた。

「部活対抗リレーは、各部活動がユニフォームを着て走る競技なんだけど、3回に分けて行われていて、最初は文化部、これはもうほとんど仮装行列みたいなもんだ。次に、運動部の前半。これは走るということにそれほどシフトしていない部活が出場するんだ。弓道部や柔道部、剣道部、レスリング部もこっちだ。これも文化部のリレーに近くって、剣道部は竹刀をバトンにするし、レスリング部は顧問の先生を肩車して、バトンがわりにしていた」

「面白そうですね」

「問題は後半なんだ。陸上部をはじめ、走力に定評がある部が、本気で勝負する。バスケ部、サッカー部、野球部、とにかくよく走る部がこっちなんだ」

「自転車競技部は、なぜ後半なんですか。俺ら、トレーニングで走ったことなんてないですよね」

 三人とも自転車通学なので、下手すると帰宅部より走っていないかもしれない。彼らは電車に乗り遅れそうになると、駅まで驚くほどのスピードで走る。

「一応、僕たちも全国大会に出場した身だからな」

 潤はそれ以上は言わなかった。ただ冬希は、なんとなく自転車競技部が、他の運動部に嫉妬のような視線を向けられているのだろうと思った。

 進学校である神崎高校で、全国レベルで戦えている運動部は、自転車競技部以外では、弓道部とラグビー部ぐらいのものだ。

 同じ学校の、他の運動部が全国で戦う姿は、誇らしいと同時に、それを目指しているものにとって焦りと羨望を生む。

「心配するな。そんな常識は俺には通用しないぜ」

 柊が、ニヒルな笑みを浮かべながら言った。どうせノリと勢いだけで、根拠はない。いつものことだ。

「柊先輩がいうと、なんか心配なんですよね。めちゃくちゃやらかしそうで」

「そうだな」

 潤は深刻そうな顔をしながら言った。

 だが冬希は知っていた。常識人であるはずの潤だが、なんだかんだ言って柊の暴走を積極的に止めようとしたことなど、一度もないのだ。彼は、手がかかるこの双子の弟のことが、心の底では好きなのだろう。

「面倒なことにならなければいいなぁ」

 冬希は窓から、すっかり暗くなった空を見上げながら、ぼやいた。

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