第286話 国体本戦初日
国体の初日、冬希はまだ神崎高校にいて、普通に授業を受けていた。
高知で行われる国体の、自転車ロードの初日は、高知城の前を周回するクリテリウムとなっている。
コースは平坦で、各県の強力なスプリンターたちは、初日に勝負するためにやってきた。
二日目の山岳、三日目の中級山岳は、それ程にスプリンターには厳しいステージだった。スプリンターが勝負できるのは、初日しかないのだ。
国体の自転車ロードレースでは、各ブロックの上位2チームだけが、チームカーの使用を認められていた。
全ての都道府県がチームカーを用意すれば、47台にもなってしまう。そこで全6ブロックの上位2チーム、計12台だけがチームカーを走らせることが許可され、チームカーを使用できない都道府県は、自分達のブロックの他県のチームカーに、補給食やボトルを依頼することになる。
冬希も、千葉県のチームカーに乗ってサポートする役割を担うことになっていたが、初日は周回コースなのでチームカーの出番はなく、さらに千葉県は総合狙いで初日は先頭集団でエースである平良潤をゴールさせることだけが目標となっているため、行ってもあまりやることもない。そのため高知に行くのも2日目からとなっている。
「自分が出ないレースを見るのも、悪くないなぁ」
自販機のミルクティーを飲みながら、冬希は独りごちた。学食のモニターには、クリテリウムの様子が映っている。
レースは、福岡と愛知、東京の3チームが牽引している。
福岡には、スプリンターの立花直之がいる。
立花は、九州沖縄ブロックの平坦ステージでは、圧勝だったようだ。山岳ステージでは、全国高校自転車競技界でも1年生チームながら活躍した宮崎の有馬、小玉が1、2フィニッシュを決めたが、立花自身も3位に入り、ブロックの1位通過を決めていた。
愛知には、インターハイで冬希とゴールスプリントで鎬を削った清須高校の赤井がいる。強力のアシストである山賀も健在だ。
東京は、中学3年生の伊佐がスプリント勝負すると宣言しており、レースのコントロールに加わっている。
「3人とも、すごい選手なんだよね」
冬希の横で、ペットボトルのジャスミン茶を飲んでいる真理が言った。
「うん」
「冬希君は、誰が勝つと思うの」
「言わない・・・」
「どうして?」
「外れたら、俺が恥をかくだけだし」
3人とも、冬希が倒してきた相手だ。
だが、一人だけ、今回勝てるかどうか分からない、そんな相手がいた。
TV中継の中、ゴールのゲート付近で激しくベルが打ち鳴らされる。残り3kmの最終周だ。
千葉県の隊列も、無事に先頭集団でゴールラインを通過して最終周に入る。
残り3kmを通過したため、この後は落車などのトラブルが発生しても、タイム差はつかないはずだ。
先頭は福岡、東京、愛知の3チームが並んで走っている。一気にペースを上げたので、隊列は細長くなっている。
立花も赤井も伊佐も、ごちゃごちゃしたところでスプリントをしたくはなかった。そのため、先頭の人数を絞りたかったのだ。
「うわ、すごく速くなったね」
集団の先頭あたりから、ポロポロと選手たちが脱落していく。3チームの選手たちも、人数がかなり絞られてきてる。東京は、既に植原がトレインから離れている。翌日の山岳ステージのために無理はできない。
難しい状況だが、スプリンターたちは踏ん張りどころだ。
「ここで勝負する選手は、離されすぎてはいけないんだけど、それよりも余力を残しておかないといけないんだよ」
冬希は、TVから視線を逸らさないまま、独り言のように言った。
自分があの場で走っているかの如く、血が騒いだ。
冬希は、先頭付近の選手たちを目で追う。自分だったら、どこの位置を選択しただろうか。恐らく赤井の後ろだろう。
最後の1kmの直線に入った。
先頭は愛知の山賀だ。その後ろに赤井が控えている。山賀に並走するように、東京の麻生そして伊佐が続く。伊佐の後ろにピッタリと立花がつけている。福岡は既にアシストを残しておらず、立花一人になっていた。
残り400mで東京のアシスト麻生が限界を迎え、先頭から離れた。伊佐は、一瞬躊躇したのちに赤井の後ろに入った。
判断が遅い、と冬希は思った。伊佐の後ろにいる立花もそうだ。
残り200mで山賀の後ろから赤井が発射された。
伊佐、立花も弾けるようにスプリントを開始する。
赤井が先頭で、後ろから伊佐、立花が追う展開だが、山賀の後ろでずっと脚を溜めることができていた赤井の脚は一向に衰えない。
一方で、麻生のアシストを失った後、赤井の後ろに入るために少し脚を使った伊佐は失速した。
立花は、足を貯めることは出来ていたが、スプリント開始時の位置どりが想定していたより後ろになってしまったた。赤井に対して徐々に差を詰めて行ったが、伊佐をかわすのが精一杯だった。
赤井が先頭でゴールし、立花、伊佐と続いた。
「予想は当たった?」
「まあ、一応は」
冬希は、相変わらずTVモニターから目を離さない。
モニターは、派手にガッツポーズする赤井と、満足そうに拍手をしている赤井の清須高校の理事長の姿を映し出している。
アシストの力が違いすぎた、と冬希は思った。
福岡は、全国高校自転車競技会やインターハイにも出場した福岡産業高校のメンバーで国体選手も固められていた。しかしもともと総合狙いの学校で、近田を勝たせるためのチームだったため、スプリンター系のアシストに特化した選手はいなかった。
伊佐の東京も、植原中心のチームなので、福岡と同じだ。
翻って愛知は、インターハイで郷田に張り合ったほどのアシスト、山賀がいる。
立花は、伊佐ではなく最初から赤井の後ろでじっと脚を溜めておくべきだったし、伊佐は自分のチームのアシストと山賀とを比較して、強力な方のトレインに身を置くべきだった。
二人とも、ガチャガチャと余計な動きが多くなってしまったため、土壇場で脚が足りなくなってしまった。
ゴールカメラが、集団の中でゴールする潤、柊、大川を映し出していた。
しかし、冬希はそれを見つめながらも、最後のスプリントを戦った伊佐、立花、赤井のことを考えていた。
昼休みももう終わろうかという頃、冬希と真理はいつもの利根運河沿いのベンチに居た。
冬希は早退して、高知へ向かうことになっている。明日は朝から潤や柊のサポートを行うことになっている。
「自分が出ないと、こんなに気楽にレースに向かえるんだなぁ」
冬希は、小さく伸びをしながら言った。
「そう?冬希君は、ずっとレースに出たかったって顔しながら見てたけど」
真理は、悪戯っぽく冬希を覗き込んだ。冬希は意外だった。自分ではそんな意識は全くなかったのだ。
「やっぱり、男の子だなって思ったよ」
真理のいう通りかもしれない。自分ではわからないところで、そういう部分が自分にもあるということなのだろう。
もうすぐ昼休みが終わることを知らせる予鈴が鳴った。
「直接行くの?」
「荷物も全部持ってきたからね」
「そんなに大荷物のようには見えなかったけど」
「たった2泊3日だからね。月曜日の朝は普通に一緒に学校に行けるよ」
「2泊3日でも、もうちょっと荷物は必要な気がするんだけど」
冬希の荷物は、普段の登校時と変わらない量ではあった。
「男は、女の子に比べると荷物が少ないんだよ」
冬希は、家族で旅行に行くたびに大量の荷物を姉に持たされていたことを思い出していた。
真理は、何か言いにくそうにしている。
「その・・・パンツは毎日替えたほうが・・・」
「替えるよ!!」
流石に着替えぐらいは3日分入っている。
「あ、荒木さん。そろそろ教室に戻らないと」
「そうだね。じゃあ、気をつけて行ってきてね」
「また、月曜の朝に」
「うん、月曜の朝に」
真理は、パタパタと教師に向かって走っていった。
冬希は、荷物を置いている部室に向かって歩いていった。
柏の葉キャンパスから出る羽田空港行きバスに乗り、夕方には高知龍馬空港に着いているはずだった。
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