第234話 新たなる出会い

 まだ朝10時だというのに、既に気温は30℃を超えている。

 冬希は、学校の昇降口から、強い日差しに身を晒すことになった。日焼け止めを塗っていなければ大変なことになる。

 袖ヶ浦でのレースの翌日、冬希は真理との勉強会のため、学校に来ていた。

 春奈が抜けた後も、二人で連絡を取り合って、タイミングが合う時には図書室で朝7時から各々の課題をこなした。

 学科が違えば、課題の内容も違う二人だったが、一人で勉強するよりも二人でやったほうが、不思議と集中できた。

 10時になると、真理は部活の練習に行くため、冬希は一人で課題を行っていたが、この日は郷田の自宅を訪れるため、真理と一緒に課題を切り上げた。

 学校から柏の葉方面に歩く。郷田の母が入院していたガン専門の病院の前を通り過ぎ、大きな公園の横を過ぎると、郷田の住む集合住宅があった。

 チャイムを鳴らすと、郷田が出迎えてくれた。

「よく来てくれたな」

「おはようございます」

 冬希は挨拶もそこそこに、郷田の母の後飾り祭壇の前に行くと、線香をあげ、手を合わせた。

 冬希が祭壇の前から立ち上がると、郷田が冷たい麦茶を用意してくれていた。

「郷田さん、あれ」

 冬希が指し示した先には、ローラー台に乗った郷田のロードバイクがあった。

「葬式の後、2〜3日は、全く何もできなかったんだが、流石にこのままではまずいと思ってな」

 郷田は少し照れたように笑った。

 郷田の話によると、しばらく食事はコンビニの弁当などで過ごし、1日何もせずに呆然と母の遺骨の納められた収骨容器と遺影を眺める生活を送っていたということだった。

 しかし、ある時、このままではいけないと、1日にやることとやる時間帯を決め、その通りに行動することで、なんとか持ち直したということだった。

 やることに中には、学校の課題や掃除、洗濯などの家事、そしてトレーニングも含まれていた。

「坂東さんは、露崎さんと一緒にフランスに行くそうです」

 冬希は、先日のレースことを郷田に話して聞かせた。

 露崎や坂東、そして裕理の事。レースの展開、結果まで、細かく語ってみせた。

 冬希は、心がささくれ立つのを感じた。

 郷田は、露崎からフランス行きを誘われた。そんな郷田に対して、露崎や坂東がフランスに行くという話をする。それは、貴方もフランスに行ってはどうかと勧めているのと同義だ。

 母を亡くして間もない人に、あまりにも独善的な行為だ。

 しかし、自分がやっていることは、そういうことだ。冬希は胸に痛みを覚えた。

 冬希の話に、郷田は頷き、時には声を上げて笑った。

 時間はあっという間に過ぎ、昼前には冬希が郷田の家を辞した。


 冬希は、柏の葉公園の中を歩いた。

 30分ほど歩いた。ずっと考えを巡らせてみたが、自分自身を納得させることはできなかった。

 木陰のベンチに座り、池の中に浮かぶスワンボートを眺めていた。

 家族連れが、楽しそうに遊んでいる。

 しばらくぼんやりしていたが、流石にお腹が空いてきたので、立ち上がって家に帰ることにした。

 空腹な状態では、気持ちが前向きにならない。

 冬希が、歩いて駅へ向かおうとした時、夏だというのに上下を野暮ったいスウェットに身を包んだ、髪もボサボサの人物が冬希の前に立ち塞がった。

「あなた、神崎高校の生徒でしょ」

 冬希は、突然のことに咄嗟に返事ができなかった。

「貴方でいいわ。ちょっとついてきて」

 声からするに、どうやら女の子のようだった。

 冬希は腕を掴まれると、そのまま公園の外まで腕を引かれていった。

「腕を離してください。逃げたりしませんから」

 冬希がいうと、女の子は冬希の腕を離し、冬希の方を振り返った。

「事情を聞かせてもらえませんか」

「敬語を使う必要はないわ。私も高一だから」

 制服の冬希の名札についているローマ数字のIのバッジを見ていった。

「俺は、どこに連れて行かれようとしてるの?」

 冬希は、口調を改め言った。

「私の自宅。協力してほしいことがあるの」

「まぁ、俺にできることなら」

「今日、友達を連れて行かなきゃいけないの」

「なるほど」

「なんでいきなり理解できるの?」

「友達がいないんだろう?」

 誘える友人がいれば、冬希が連れて行かれる理由がない。

「あなた、私を馬鹿にしてる?」

「君の見た目から出した推測をそういうなら、そうかもしれない。馬鹿にされたくなければ、そうされないように努力すべきだ」

 彼女の風態は、とても他人からの印象を意識しているようには見えなかった。

「私の活動を許してもらうために、今日だけ付き合ってくれる友達が必要なの」

「君の親に挨拶でもすればいいの?」

「そんなところ。高校入学する時、お父さんから言われたの。人と接して見聞を広げろって。でも私アニメ以外興味ないから」

「アニメ見るの好きなんだ」

 冬希の父も、アニメをこよなく愛している。あまりに尖った感想しか言わないので、家族の中で理解できるものはいない。

「見るのも好きだけど、私は描く方」

「え、アニメって描けるものなの?」

「描く人がいるからアニメができてるんでしょ。馬鹿なの?」

 ごもっとも。冬希は返す言葉もなかった。

「私は、アニメを描くこと以外に労力を費やしたくないの。でも、お父さんが許してくれないから」

「今日、俺がついていけば、君はお父さんからアニメを描くのを許してもらえるの?」

「わからない。でも、今日を乗り越えなければ、多分もう許してもらえないと思う」

 女の子は、消え入りそうな声で言った。

「わかった。付き合うよ。でもどれぐらい時間かかるかな。お腹空いてるんだけど」

「それなら心配ない。今日はみんなでお昼を食べることになってる。一緒に来てくれれば、お寿司が食べられる」


 女の子は、踵を返すとぐんぐんと進んでいった。

 冬希も心なしか、歩調が速くなっていった。

「参ったな」

 冬希は呟いた。心は困惑していた。

 

 しかし、冬希の口は既に寿司を食べる口になっていた。

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