第231話 袖ヶ浦サマーサイクルロードフェスタ ゴール後

 露崎は、ゴール後にメインストレートを振り返った。

 最後の1周でのマルケッティのペースアップにより、空中分解させられたメイン集団にいた選手達が、パラパラとゴールラインを通過していた。

 露崎を発射した後、ゆっくりとゴールしてきた坂東が、露崎の元へやってきた。

「勝ったか」

「ああ、だが真っ向勝負だと危なかった」

 コース左側に、マルケッティのフェルナンドを誘い出し、あわよくば冬希を壁にしてやろうという目論みはあった。池下と露崎の間には、あえて1台ちょっと分ぐらいのスペースを開けていた。

 インターハイでの冬希の仕掛けは、大体ゴール前120〜150mだったことを、露崎は覚えていた。

 丁度、フェルナンドが池下と露崎の間に飛び込もうとした時、冬希が池下の真後ろから出てスプリントを開始した。

 フェルナンドからすると、右側にいる露崎を、さらに右側から抜きに行くには、やはり一度露崎の後ろに下がって、そこから踏み出す必要がった。

 冬希が壁になってからではなく、最初から露崎の後ろを回って右側からスプリントをしていたら、結果はどうなっていたかわからなかった。

 レースには勝った。しかし、スプリント力ではフェルナンドの方が一枚上手で、露崎が望んだような、力でねじ伏せるような勝ち方はできなかった。

 しかし、フェルナンドは20代後半、露崎はまだ17歳で、この結果は今後逆転できるはずだと、露崎は自分に言い聞かせた。

 坂東の方を見る。

 乱ペースで、殆どすべての選手が振り落とされる中、最後まで残ってゴールまで牽引してくれたという点だけでも、流石は坂東だ、という思いだった。

 最後の直線で、カルロスに体当たりしにいった時は、流石に肝を冷やした。

 何も賭かっていないこのレースで、そこまでやる必要があるのかというのもあるが、いざという時は、そういう手段に出ることも出来るというのを、行動で示したのだろう。

 実力的にも、状況判断力的にも、自分のチームメイトとしてこれ以上の選手を見つけ出すのは難しいだろう。代わりになるのは神崎高校の郷田ぐらいか。

「坂東、お前フランスに行く準備はできてるのか?」

「ああ、露崎がフランスに戻るタイミングで一緒に行ける準備はしていた」

 性急過ぎる、とは露崎は思わなかった。自分が坂東の立場でも、そうするだろう。

「住むところはどうするんだ?」

「お前が住んでいるところに泊めてもらえば問題なかろう」

「まあ、そうなるよな」

 露崎は、諦めたように苦笑した。

 チーム側から声をかけられた露崎と違い、坂東は最初は練習生という形になるだろう。給料もちゃんと出るかわからない。当分は、自分が面倒を見なければ、と露崎は思っていた。


 池下はゴール後、放送でレース結果を聞いた。

 フェルナンドは露崎に敗れ、池下は冬希に敗れた。

 悔いはない。

 青山冬希という選手は、スプリント持続距離は短いかもしれないが、その爆発力は高校生のレベルにとどまらない。同世代のスプリンターが気の毒になる程だ。

 インターハイでも、露崎という稀代の天才がいなければ、平坦ステージは全て勝っていただろう。

 持続距離が短い分、展開に左右されるタイプではある。例えば、残り1kmから前を自分で追わなければならないような展開では、勝てないだろう。

 しかし、型にハマれば露崎をも倒してしまう力を持っている。

「池下さん、お疲れ様でした」

 マルケッティのチームメイト、平野が声をかけてきた。

 大して疲れたそぶりを見せない。その若さが羨ましいと思った。

「あの高校生チーム、フェルナンドに勝っちゃいましたか」

「ああ、終盤は、俺のせいで少しゴチャゴチャしてしまったからな」

 スプリントまでに、池下や冬希を吸収できなかった。それがマルケッティには傷として残った。

 スプリント時、前に池下と冬希が残っており、坂東も露崎も、徹底してその傷を広げにかかってきた。

 カルロス、フェルナンドの真後ろにつけていた坂東、露崎は、左右どちらから上がるか、それを池下と冬希がどちらにいるかを見て決めたのだろう。

「実力的には、カルロスとフェルナンドの方が上に見えたがな」

「二人とも、プロツアーの最中のこのレースにどこまで本気だったか分かりませんけどね。カルロスは、坂東選手にオカンムリでしたよ。クレイジーだって」

 池下は苦笑した。だが、自分達が日本プロツアーに注力するのと同様に、彼らも今日に賭けるものが何かあったのだろう。

「彼らは、今日の結末に満足していないかもしれないな」

 うまく状況を利用して勝ったかもしれないが、それが無ければフェルナンドが勝っていただろう。

「それは贅沢ってもんですよ。フェルナンドはこんな日本のコンチネンタルチームの所属ではありますけど、スペインとイタリアのプロチームからずっとオファーが来てますからね」

 プロの自転車ロードレースのチームは、上からワールドチーム、プロチーム、コンチネンタルチームの順になっており、ワールドチームに昇格すれば、オリンピックやサッカーW杯に並ぶ、世界三大スポーツイベントの1つであるツール・ド・フランスへの出場も約束される。

 しかし、近年ではワールドチームに匹敵する実績を残しながら、ワールドツアーに参加しなければならない義務を負うワールドチームより、比較的自由が効くプロチームをあえて選ぶところもある。

 フェルナンドは、そんなチームからオファーを受けるほどの選手なのだ。

 二人のスプリントを間近で見た池下には、フェルナンドの露崎の実力差は、そこまで開きがあるようには見えなかった。

 露崎は、フランスのコンチネンタルチームに加入するというが、コンチネンタルチームレベルであれば、勝つのにそこまで苦労しないのではないか。

「今後の彼らが楽しみだな」

 池下は、自分が高校時代にどれほど努力したとしても、そのレベルまで達することができたとは思えなかった。

 過去の戻っても、結局自分は自分で、同世代のトップクラスの選手に勝てないという点は変わらないだろう。

 それがわかっただけでも、今日のレースに参加できてよかったと、池下は思った。

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