第228話 袖ヶ浦サマーサイクルロードフェスタ 3時間エンデューロ男子エリート④

 冬希は、集団前方に戻った。

 前後のボトルゲージに差されたボトルを取り出し、露崎と坂東に手渡す。

 背中のポケットに入れたボトルの一本を裕理に渡し、残った一本を自分のボトルゲージに差した。

 冬希は、戻ってくる途中に見た、マルケッティの残りの4人の選手、坂東の言う後半担当、がどの辺りの位置に居たかを、3人に説明した。

 冬希の説明は簡潔だがわかりやすく、3人はかなり具体的な集団全体の状態を把握することができた。

 坂東は、満足そうな笑みを浮かべ、裕理はそれを見て珍しいと思った。

 何の指示を受けなくても、自分で考えて必要と思える行動を取る。坂東はこういう放っておいても良く働くタイプを可愛がる傾向にある。佐賀大和高校でいうと天野がそうだ。

「前半組、などと言ったが、2時間ぐらいまで今のメンバーで引っ張るかもしれないな」

 フェルナンド、カルロス、池下といったメインの選手たちは、未だ集結する気配がない。集団のペースもそこまで早くないため、先頭を引っ張る4人はまだ余力を残しているということになる。

 1時間半、3時間エンデューロの半分の時間が過ぎた。まだ80名近くは集団に残っている。

「前半組と後半組が入れ替わるタイミングで、ペースが上がると見るべきだ」

 坂東の見立てでは、前半組が役割を終える直前に、ペースアップを行うだろうということだった。彼らにとってはそれがゴールになる。最後に脚を使い切ることになるだろう。

 冬希も、そうかもしれないと思った。

 80人という人数は、集団スプリントを行うにはあまりにも多すぎる。半分の40人でも多いぐらいだ。

 大人数でゴールスプリントになれば、大きな事故につながりやすくなってしまう。主催者のマルケッティとしては、それは避けたいところだろう。


 レース開始から1時間45分、残り時間1時間15分というところで、少しずつ集団のペースが上がってきた。

 冬希は、メインストレートで後ろを振り返ったが、先ほどまで後半組がいた個々の場所に、マルケッティのジャージが見えなくなっていた。

「マルケッティの選手たちが動いたようです」

 正確な位置まではわからない、と冬希は露崎と坂東に告げた。

「裕理、後ろに下がって見てこい」

「マジかよ兄貴」

 集団のペースは上がりつつある。故意にとはいえ、一度下がれば上がって来れる保証はない。

「ほら、最後の勝負どころで俺がおらんかったら困ろうもん!?」

 裕理は慌てて、わたわたとしている。

 しかし、坂東の目は、はっきりと「困らない」と言っている。

「ちっくしょー」

 裕理は、捨て台詞を吐きながら、集団の後方へと下がっていった。


 結論から言うと、裕理のこの動きは無駄足に終わった。

 マルケッティの後半組の4人がまとまってメイン集団の右側から先頭に上がってきたからだ。

 一度下がっていた裕理は、ちゃっかりこのマルケッティの4人の後ろに、まるで5人目の選手かのように当たり前のような顔をしてついて、一緒に上がって戻ってきた。

 後半組の4人の最後尾を走っていたフェルナンドが後ろについてくる裕理の方を、怪訝な表情で何度も振り返っているのが妙にコミカルで、冬希は可笑しかった。

 前半からずっとメイン集団をコントロールしていたマルケッティの4人は下がって行き、代わりに後半組の4人が集団のコントロールを始める。

 マルケッティは、1番若い平野という選手が先頭で、次に池下、カルロス、フェルナンドの順番となっている。4人は先頭交代を始めたが、平野と池下が曳く時間が比較的長い。エースのフェルナンドとそのアシストのカルロスを温存したいという意図が読み取れた。

 マルケッティの前半組4人が行ったペースアップは、メイン集団を40人程度まで削ったのち、後半組の4人のコントロールで再び落ち着きを取り戻した。

 

 残り30分、落ち着いたペースを嫌ったハセガワ、ビーシーシー、尾美工業ら社会人チームから、それぞれ1名アタックを仕掛けた。

 このまま落ち着いたペースで進むと、マルケッティの思う壺だ。

 ゴール直前まで温存されたカルロスとフェルナンドに勝てる選手を、これらのチームは抱えていなかった。

 彼らに脚を使わせるため、動かざるを得なかった。

 ハセガワの落合、ビーシーシーの菊田、尾美工業の江口の3人は、メイン集団から抜け出したところで合流した。

「なんだ、お前らか」

 菊田は、呆れた声で言った。

「なんだはひどいよ、キクリン」

 江口は、抗議の声を上げた。

「菊田さん、江口さん、よろしくお願いします」

「よろしくじゃねーよ。オッチー」

 3人は、日本を転戦するシリーズで、よく一緒になる顔馴染みだった。

「しょっぼいメンバーだな。このままじゃ、無視されるぞ」

 3人とも、いわゆるチーム内では「第4の選手」だった。個々のチーム4人のメンバーのうちの、捨て駒的存在で、どのチームも強い選手は終盤まで温存しておきたいという思いがあり、消去法で選ばれた面子だった。

 しかし、アタックをかけた選手たちが貧弱すぎると、マルケッティから追走の必要なしと判断され、彼らに脚を使わせるどころではなくなる。

「こんなおっさん達、誰が警戒するんだよ」

「いや、そのおっさんにキクリンも含まれてるからね」

 菊田は35歳、江口は34歳、落合は32歳。フレッシュさも勢いも微塵も感じられない。

 菊田は目つきが鋭く、他の二人にキツい言葉を投げかけている。江口は丸い体型で、無精髭を生やしており、まん丸な目をしている。落合は、真面目で物腰が柔らかく、積極的に物事をまとめようとしている。

「後続も来ないようなので、3人で逃げましょう」

「おう、えぐっちゃん、行けるか」

「ちょっと待って、後ろから一人きてる」

 菊田が振り向くと、そこには一人の若い選手が来ていた。

「釣り針にかける丁度いい餌が来た」

 菊田は、集団から抜け出してきた、「高校選抜」の青山冬希を見て、嬉しそうに笑った。

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