第225話 袖ヶ浦サマーサイクルロードフェスタ 3時間エンデューロ男子エリート

 袖ヶ浦フォレストレースウェイというサーキットで冬希が走るのは、2度目になる。

「暑いですね」

 冬希は、3人のチームメイトの方を振り返っていった。

 8月下旬は、自転車に乗るにはまだ暑すぎるぐらいの時期ではある。

「今日に限って言えば、雨が降るよりは晴れてくれた方が都合はいい」

 今日のチームメイトの一人、坂東輝幸が言った。一週間前まで天気予報は雨だったので、当日になって晴れてくれたのは、坂東にとっては僥倖だった。

「しかし、3時間に出る必要はあったのか?」

 二人目のチームメイト、露崎隆弘が言った。今日参加するサマーサイクルロードフェスティバルには、3時間エンデューロ男子エリートクラスの他、2時間エンデューロ、42.195kmを走るサイクルマラソンなどの競技もあった。

 前日の土曜日は、フレッシュマンクラス、ビギナークラス、スポーツクラスと、やや初心者向けの競技が行われていた。

「いやぁ、他はもう全部定員やったとですよぉ」

 頭をぽりぽりかきながら困ったような態度を見せているが、実際は全く困ってなどいないことは、他のチームメイトたちもわかっていた。冬希の3人目のチームメイトは、坂東輝幸の弟、坂東裕理だった。

 露崎隆弘、坂東輝幸、坂東裕理、そして青山冬希という変則的なメンバーで、実業団や、社会人チームの上位勢も参加する3時間エンデューロのエリートクラスに出場することになった。


 事の発端は、二週間前、まだ郷田の母が亡くなる前に冬希にかかってきた、露崎からの一本の電話だった。

『青山、再来週の日曜日は空いてるか?』

「空いてますが、どうしたんですか?」

『俺たちと、レースに出てほしい』

 事情を聞くと、露崎と共にフランスに行きたい坂東が、一度アシストとして使ってみろとしつこかったため、レースを探していたところ、露崎がフランスに戻るまでに開催され、しかも露崎が参加できる関東圏のレースは、千葉の袖ヶ浦で開催される袖ヶ浦サマーサイクルロードフェスタしかなかったため、このレースなら、という条件を出したところ、

「エントリーしておいた」

 という連絡が来たという。

 しかし、このレースはチーム戦で4人でエントリーする必要があり、参加できる人を探していたらしい。

「俺でよかったんですか?天野選手とかの方が良かったんじゃないですか」

 冬希は、坂東に言った。

 裕理は、冬希が臆することなく兄に思ったことをズバズバ言う姿勢を認めていた。佐賀大和高校の1年は、自分から坂東に話しかける部員すら稀だ。

 裕理からすると、兄の輝幸も、冬希のことを認めているようなところがあるように見えた。

「これは、あくまで俺個人の事だ。後輩に手伝わせるようなことではない」

 俺を手伝わせるのはいいのか、と冬希は思ったが、裕理が冬希の表情を見て

「佐賀からの交通費がもったいないけん、現地で調達することにしたったい」

 と裏事情を教えてくれた。

「あ、それだったら今日の自分の分のエントリー代、出しますよ」

 坂東からは、金はもう払ってあるから要らないと言われていたが、佐賀からの参加で金銭的に負担が重くないわけがない。

 冬希が背中のポケットから小銭入れを取り出し、千円札4枚と五百円玉を取り出す。

 裕理は、ニヤニヤしながら冬希に近づくと

「そうか!?いやぁ、お前がそこまでいうなら受け取らんとね!」

 と、すまんすまんと言いながらお金を受け取って、自分の財布の中に入れた。

 春奈との別れがあり、郷田の母が亡くなるという悲しいことが続き、気持ちが落ち込んでいる中で、坂東裕理のような明るく強かな人間に接することで、冬希は少し気持ちが明るくなってきていた。

 4人は、同じデザインのサイクルジャージを着ていた。上下セットで三千円ほどの、激安ジャージだ。着心地はそこまで悪くないが、伸縮性がほとんどない。

 参加チームは、同じチームのメンバーは同じデザインジャージを着用する必要があり、そもそも学校が異なる4人は、同じジャージを持っていない。そこで裕理がネットで激安のジャージを見つけ、4人分調達したのだった。

「落車したりして破るなよ。レース終わったら部員に売りつけるっちゃけんな」

 裕理は、冬希に言った。

 露崎さんの着たやつは、高く売れるかも、などとぶつぶつ言っている。

 全国高校自転車競技会の最中、郷田がレース中の裕理の立ち回りを見て学ぶべきところが多いと言っていたのをお思い出した。佐賀県民はがめつい、と祖母が言っていたらしい。

 冬希は、トレーニングこそ欠かしていなかったが、元気を取り戻したわけではなかった。

 露崎と坂東は、インターハイ以来の再会となった冬希を見て、覇気がない、という印象を受けていた。冬希の目に力がない。集中力を欠いた状態でレースに出れば、事故や大怪我につながりかねない。

「裕理、スタートしてしばらくは青山についてやれ」

 わかったぜ兄貴、と裕理は言った。エントリー代を払ってくれた冬希を助けてやるのは、吝かではない。

 そもそも、裕理も冬希も、坂東が露崎のゴールアシストとして役に立つかを確認するための、サポート要員という立場だ。ピットでボトルを補給したり、パンクすれば即座に自分のホイールを差し出したり、場合によっては、自分の自転車すら差し出す場合もありうる。

 露崎や坂東にとっても、冬希は必要な存在だった。


 スタートの時間が迫り、インターハイ選抜とも言える混成チームは、すでに人で混雑しているスタートラインへと向かった。

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