第215話 忍び寄る終焉

 レースと表彰式を終え、船津、郷田、冬希は神崎理事長の車で、神崎高校へと帰ってきた。

 平良兄弟は、そのまま父親の車で自宅へ直帰していった。

 部室棟の近くに駐車された車から冬希が素早く飛び出して、脚立をおろして開き、車の横に立てる。

「サーキットを出る前から寝てただけあって、動き出しが早いな」

 船津は、キビキビ働く冬希を見て、郷田に言った。

「急な代役出場にも関わらず、ステージ2勝だ。もっと偉そうにしても良いぐらいなのだがな」

 冬希は、エース級の活躍をしているにもかかわらず、決してそれを鼻にかけることはなく、部内でも2年や3年を立てる姿勢を崩さない。

 そのことについて郷田は、冬希が自制心に富んだ謙虚な男だからだと思っているようだった。

 しかし、そのことは船津も首肯しつつも、それだけではない何かを感じていた。そして全日本選手権の時に、冬希自身が自転車ロードレースでの活躍に、絶対的な価値を見出していないからではないかと思うようになっていた。

 冬希は、脚立に登ると、神崎から預かった鍵を使い、車のルーフキャリアの積載されたロードバイクの固定を外していく。

「下ろします」

 冬希はいうと、郷田のロードバイク、船津のロードバイクを次々に降ろし、二人に渡して行った。

 最後に、自分のロードバイクを下ろすと、固定していた金具を下げて鍵をかけ、脚立を車に仕舞った。

 各々、部室前の自転車ラックに自転車を掛け、部室に入ってパイプ椅子に座ってグッタリとした。

「疲れました」

「ああ、お疲れさま」

 レースでは、無理をせずに早めに下がっていったため、体力的に余裕がある船津が、冬希を労った。

「これから、自転車に乗って家まで帰らないといけないと思うと、気が重いです」

「今日ぐらい、輪行で帰れば良いんじゃないか」

 整備用の道具を入れたボックスを片付けながら、郷田が言った。今日のレースでは、1番疲れているはずだが、そんな要素を微塵も見せない。肉体的にも精神的にも鋼鉄の男だと冬希は思った。

「急な呼び出しだったから、輪行バッグ持ってきてなかったんですよ。駅前のドラッグストアでゴミ袋買って、養生テープでぐるぐる巻きにして運びました」

「そうだったな」

「燃えるゴミ袋を剥がして、燃えるゴミのゴミ箱に捨てようとしたら、会場の守衛さんから、燃えるゴミ袋はポリエチレンだからプラスティックごみだって怒られたんですよ。知ってます?燃えるゴミ袋なのに燃えるゴミじゃないんですよ」

 冬希が、その時のことを思い出しながら、遠い目をしている。

 郷田と船津は、お、おう、と若干動揺している。

 ふと、冬希は思い出した。インターハイの呼び出しがかかった時、冬希は春奈に呼び出されていた。

 深刻そうな表情だったが、その後メッセージで連絡しても、戻ってきた時でいいと言われ、結局今日に至ってしまった。

 冬希はスマートフォンで、春奈にメッセージを送る。返事はすぐ帰ってきて、今日はゆっくり休んで、明日また会う日を決めようと返事が来た。

「そういえば、船津さんは今日で引退なんですか?」

 当たり前のこと過ぎて、もはや誰も確認していなかったことだが、一応聞いておかねばと冬希は思った。

「レースは今日が最後になるな。明日からは受験生として受験勉強に集中することになる」

「もう部室にも来られないのですか?」

「いや、気晴らしに自転車に乗りにくると思う。だから道具もしばらくそのまま置かせてもらえることになっている」

 船津の表情には、レースや大会を引退する感慨深さよりも、これからの受験生としての決意の方が強く読み取れた。

「郷田さんは、国体も出るんですか?」

「いや、俺も大会は今日が最後になるな」

「就職はもう決まっているんじゃないですか」

「秋に、情報処理技術者試験がある。国家資格を取るための勉強をする。資格手当で給与が変わってくるからな」

 郷田が母のために、そして経済的負担を一身に背負っている父のためにも、早く就職しようと考えていることは、冬希も知っていた。

「そうですか、頑張ってください」

 冬希に、引き留めることなど出来ようはずも無かった。


 冬希は、翌日熱を出した。

 インターハイ期間中、精神的緊張と肉体的疲労が蓄積し、それが一気に解放されたことにより、体調を崩してしまっていた。

 ゆっくり休みたいところだが、緊張や疲労と同じぐらいに、学校の課題も蓄積されていたため、そちらを片付けるためにも、ベッドの上でカタカタとノートパソコンで作業を行なっていた。

「あぁ、頭が働かない・・・」

 冬希がベッドに倒れ込むと、ドアをノックする音が聞こえてきた。

「どうぞ」

 ガチャリとドアが開き、冬希の姉が顔を出した。

「あんた、安静にしてないと治りが遅くなるよ」

「はいはい、課題はもう諦めた」

 パタリと、ノートPCを閉じる。

「お母さんが、晩御飯どうする?って」

「選択肢は?」

「お粥か豚カツ」

「それ、確認する必要ある!?」

 無難にお粥を選択し、しばらくしたら降りると母に伝えてもらう。

 

 この後、冬希は2日寝込んだが、春奈と話をする約束ができたのは、4日後のことだった。

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