第214話 高校総体自転車ロード 第6ステージ表彰式
表彰式の前、ステージ横のタープテントには、表彰される選手たちが揃っていた。
ステージ優勝の冬希、スプリント賞の坂東、新人賞の千秋、山岳賞と総合優勝の露崎、総合2位の船津、総合3位の岡田だ。
千秋は、中に入りずらいのか、テントの前に立っていた。
3年ばかりの表彰式の中、同じ1年の冬希も居心地が悪いだろうと仲間意識を持っていたのだが、冬希は平然と3年生の輪の中に加わり、談笑している。
「海外か。考えたことがないわけではないが、とても自分が挑戦しようというところまでは、踏ん切りがつかなかったな」
岡田が、露崎と坂東の話を聞いて言った。
「肝心の郷田には断られてしまった」
「まぁ、それはそうだろうな」
肩をすくめる露崎に、船津は言った。郷田が母親を残してフランスに行くということは、船津には考えられなかった。
「だから俺が行ってやると言ってるんだ。何を悩むことがある」
坂東が呆れたように言った。
「お前、俺のアシストとして働く気はあるのか?」
「まぁ、ないな」
冬希と船津が、顔を見合わせて苦笑する。
「俺もいずれ海外に行くつもりだった。忙しい欧州ではなく、アメリカあたりでゆっくり力をつけるつもりだったが、ヌヴェールに入れるのなら、フランスでもいい」
「なんで上から目線なんだよ」
露崎はため息混じりで言った。ヌヴェールとは、露崎が加入予定のフランスのコンチネンタルチームの名前だ。
「アシストする気がない奴を、なんで俺が連れて行かなきゃいけないんだよ」
「お前、一人でいたってどうせこのままじゃレースに出してもらえないんだろ」
「それなんだよな・・・」
図星をついてくる坂東に、露崎は頭を抱えた。
「坂東を連れて行ってレースに出れるなら、とりあえず連れて行けばいいんじゃないか?」
岡田のいうことは正論だが、露崎としては、冬希と郷田のような関係性を築きたいと思っていた矢先に、立候補してきた相手が、自分のアシストをする気のない、信頼関係など築きようのない男なのだから、素直に良いと言いたくはないのだ。
「形だけならアシストとして働いてやるよ。まあ、俺が勝てそうなレースなら自分で勝ちに行くがな」
全日本選手権こそ、冬希の助けを受けた郷田に負けはしたが、未だ坂東はワンデーレースでは日本国内で最強と言っていい実力を持っている。
「まぁ、レースに出れなければノーチャンスだからなぁ。チームに相談してみるよ」
坂東の勝ち誇った顔が、冬希にはなんだかとても面白かった。
「表彰式を始めます。ステージ優勝の青山選手」
大会の関係者が、テントの中の冬希を呼びに来た。
神崎高校の学食では、人数は半分ほどに減ってはいるものの、まだTVで表彰式を見ている生徒たちは多くいた。
真理は吹奏楽部の練習に行き、春奈はずっとTVを見つめている。
実況「ステージ優勝の青山です。ステージ2勝、如何ですか?」
解説「いや、郷田選手にあそこまでお膳立てしてもらって、普通だったら勝てなければ大ブーイングですよ」
実況「確かにリードアウト完璧でしたからね」
解説「しかし、相手は露崎選手です。完璧にアシストしてもらえたら勝てるなんて、誰が保証できますか」
実況「青山選手も、強力なスプリンターですが」
解説「露崎選手は、海外で自転車のことだけを考えながら生活できるわけです。トレーニング量も、食事も、生活もです。授業受けながら部活でやっている高校生とは、練習量も体の作りもまるで比べ物になりません」
実況「確かにそうですね」
解説「露崎選手は、勝ったステージではほとんど全力を出してはいないでしょう。第5ステージは逃げ切りでしたし、第2ステージも、コーナーが多いゴール前で前に出られず、脚を余して負けてしまったという感じでした」
実況「はい」
解説「しかし、今日は真っ向勝負でした。郷田選手が作ったワンチャンスをモノにした青山選手、素晴らしかった」
TVでは、冬希がトロフィーと花束を受け取って、声援に応えている姿が映し出されている。
冬希が表彰台を降りるとともに、春奈は席を立ち、紙コップを自販機脇のゴミ箱に入れ、学食から出ていった。
表彰式は続く。
洲海高校の千秋秀正は、相変わらず引き攣った笑みを浮かべながら、白いジャージを着せられていた。着せてくれている地元の女子高校生の女の子の手が体に触れるたび、ビクッとなっていた。
佐賀大和高校の坂東輝幸は、さも当然といった表情で登壇し、グリーンジャージを着用する。
最後の総合表彰台では、清須高校の岡田、神崎高校の船津、慶安大附属の露崎が表彰台に上がる。
露崎は文句なしのステージ3勝で総合優勝、船津はステージ1勝したが届かず2位、岡田はステージ勝利も叶わなかった。清須高校としては4連覇はならなかったが、4年連続の総合表彰台は維持できている。
清須高校のコーチ藤堂政秀は、監督だが自転車ロードレースに全く知見のない社会科教師に電話で結果を伝えた。
監督は、理事長に伝えておきます、とだけ言って電話を切った。
規則上、監督は教員が務めることになっており、清須高校のように、トレーニングはコーチのもとで行っている学校も多い。
しばらくすると、藤堂の元に、前理事長の妻である清須高校の現理事長から電話があった。
『結果は残念ですが、敗因はどこにあると思いますか?』
藤堂は一瞬考えた。自分の指導力不足と言ってしまうのは簡単だ。露崎に負けたのは仕方ないとしても、神崎高校の船津に負けたのは、明確な理由がある。それを言ってしまえば、言い訳だとか責任逃れだとか、理事会で叩かれるだろう。それでなくても、自分はクビになる可能性があるのだ。しかし、クビになるのしても、残された教え子たちのためにと考えた結果、藤堂は敗因を丁寧に説明することにした。
「実戦での経験が、圧倒的に他校に劣っておりました。全国高校自転車競技会、全日本選手権、国体に全日本選抜。その他の地方での草レースも含め、もっと多くのレースを走らせることが、来年以降の復権に不可欠だと考えます」
『良いのではないかしら』
藤堂は、意外な返答に驚いた。
『ちょうど今回は負けてしまっことですし、いまさら他のレースで負けたところで、学校のブランドイメージを気にする理事もいないでしょう』
「お聞き入れいただき、ありがとうございます」
『今回も、よく頑張ってくれました。これからもまたお願いしますね。選手たちにも、よろしくお伝えください』
そういうと、電話は切れた。
思っていたほど頑迷な人ではないのかもしれない。第5ステージで総合成績が確定した後に、すぐに連絡してこなかったのは、第6ステージが残っている藤堂や選手たちに、気を遣ってくれた結果ではないか。
藤堂は、直近でどこのレースに出場させるか、考えを巡らせ始めた。
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