第213話 高校総体自転車ロード 第6ステージ レース後
ゴール前で見ていた平良潤、平良柊の兄弟は、抱き合って喜んでいた。
「冬希が勝った!!」
「信じられない!!」
神崎は、頭を抱えて叫んだ。
「なんてリードアウトだ!!」
神崎高校の学食は、大きな歓声に包まれていた。
座っていた者は立ち上がり、立っている者も、両手を上げて叫んだり、横にいる人と握手をしたり、抱擁をしていた。
「凄い・・・」
真理は、椅子に座ったままTVを見上げ、驚きの表情のまま、ポツリとつぶやいた。
春奈は、最後の直線では堪らず立ち上がったが、冬希が勝った後はTVを真剣な表情で見つめている。下ろされた両手は、きつく握り締められていた。
1コーナーを曲がったところで、冬希は郷田を待っていた。露崎の姿は既にない。
郷田は、冬希の元にたどり着くと、ペダルに固定されていたクリートを外し、冬希の横に立った。
「おめでとう」
「郷田さん・・・」
冬希と郷田は抱擁を交わし、お互いの背中をポンポンと叩いた。
「だから言ったろ。俺がアシストした時、うちのエースは必ず勝ってくれるとな」
離れると、郷田はグローブを外して右手を差し出してきた。
「ありがとう青山、お前のおかげだ」
何が、とは郷田は言わなかった。しかし、冬希にはそれが何であるかを、理解するのは難しくなかった。
冬希は、咄嗟に言葉が出ない。頭を下げ、両手のグローブを外し、郷田の手を握った。とても大きく、温かい手だった。
船津がやってきた。
後方ではあるが、メイン集団でゴールしていた。
「勝ったんだな」
「はい。まあリードアウトが完璧でしたから」
冬希は苦笑した。
郷田の番手に控えながら、冬希はどこかで郷田が先頭から外れると思っていた。そしてその時に他のトレインに乗り換えるために周囲の動きに注意もしていた。
しかし、実際には郷田はそのまま先頭を誰にも譲らず、ゴール前で冬希を発射するまでメイン集団の先頭を走り続けた。誰も想像できなかったことだ。
「俺達は、お前に感謝しなければならない。お前がきてから、本当に激動の1年だった」
船津も右手を差し出してくる。
船津もそうだが、大学へ進学する生徒は、受験勉強のためインターハイが終わると引退となる。
チーム競技では、実力がある全ての選手が日の目を見るとは限らない。むしろ、世に出ることなく消えていく選手たちの方が多いかもしれない。
船津は、高い実力を持ちながら、2年までは全国の舞台に上がることすら出来なかった。
3年になり、青山冬希という男がチームに入ってからは、夢のような出来事ばかりだった。
「ありがとう。最高の競技生活だった。悔いはない」
最後のインターハイでは、露崎という史上最強と言っていいほどの男と戦い、敗れた。
しかしこれでもう十分。力は出し切れたのだから。
冬希と船津は握手を交わした。
船津は郷田とも握手をする。
3人の周りにカメラバイクや、コース外にいたカメラマンが集まってきた。
郷田と船津は、両側から冬希の腕を持ち上げた。
冬希は、万歳のポーズになりながら、照れくさそうに笑った。
清須高校の山賀は、神崎高校の3人の方を、呆然と見つめていた。
「信じられないな」
山賀のアシストした赤井は、3位争いの団子状態の中でゴールした。
郷田に突き放されながらも、山賀は最後まで諦めずに自分の仕事を全うし、赤井の発射台となった。
露崎と冬希が抜け出して、二人に引き離されてドラフティング効果を失ったスプリンター達は、自分達の脚を使って必死に二人を追ったが、赤井だけは山賀が発射台となってくれたおかげで、どうやら3位は確保できたようだった。
山賀は、このインターハイで全日本チャンピオンの郷田と互角に戦えていると思っていた。
インターハイ常勝校として、負けて名誉が傷つくことを恐れた学校側が中々強豪校が出場する大会への出場許可を出さない中、自分がどの程度の実力なのか測ることもできない状況に置かれていた。
そんな中、脚質やチーム内での役割が似ている郷田とは、同等の動きをする機会が多かった。
出場できていたら、全日本選手権だって自分が勝てていたかもしれないという無念もあり、郷田のことは意識せざるを得なかった。
どうやら互角だと思っていたのは自惚で、実際に最終ステージで山賀は、実際には郷田に並びかけることすらできなかった。
残り2周というところから、1番ペースの上がる最終周も含め、先頭のポジションを護り続けた。
郷田は絶妙なペースで曳き続けることで、後続が仕掛けを阻止することにもなったのだった。
しかし、どうしてそんなことが可能なのか、山賀にはわからなかった。
露崎は、ゴール後はすぐにピットに戻り、後輩から差し出されたタオルで顔を拭った。
郷田のリードアウトは驚異的だった。
しかし、それでも相手が冬希以外だったのなら、露崎は勝つ事ができただろう。
郷田の言いたいことはわかった。
冬希は郷田と組むことで、露崎すら超える強力なスプリンターとなった。
しかし、自分と組んだ方が、さらに強力な結果を出せるのではないか。
「未練だな」
郷田が来てくれたら、どれほどの結果を残せるだろうか。
露崎は、自転車ロードレースの選手として、どこか深い部分から意識が変わるのを感じた。
今までの露崎は、ずっとアシストを必要としない強さを持っていた。
所属することになるコンチネンタルチームの監督から、自分のグループを持てと言われて人探しもしたが、本心では自分の力だけで勝てると、どこかアシストという存在を不要と考えている節があった。
しかし、今回のインターハイで、郷田と冬希の、単独では露崎と勝負できるような選手ではない二人に、2度も敗れることになった。
1度ならまだ、まぐれだと思ったかもしれない。しかし露崎は2度も負けた。
郷田から言われた言葉が胸に刺さった。
昨日、郷田は冬希が勝つと信じきっていた。アシストの頑張りに応えることができるエースを持つことで、アシスト選手は、より力を発揮するのだ。実際に露崎は、この二人の関係の前に、完膚なきまでに叩きのめされた。
露崎は人生で初めて、他の選手を羨ましいと思った。
自分にも、郷田のようなアシストがいて、冬希と郷田のような関係が築ければ、世界でも戦っていける。
「よお、さっきは面白そうな話をしていたじゃねえか」
靴を履き替えるためにしゃがみ込んでいた露崎は、声のした方を振り返ると、そこには坂東の姿があった。
「露崎、俺にも一枚噛ませろよ」
坂東は、不敵な笑みを浮かべながら、露崎を見下ろしていた。
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