第210話 高校総体自転車ロード 第6ステージ(筑波サーキット)②
午前8時を過ぎ、気温も路面温度も徐々に上がってきた。
逃げ集団の6名に対して、30秒ほど後方からメイン集団は追いかけ続けている。
序盤は、八雲商業の草野のアシスト木下、会津若松高校の松平のアシスト日向、函館第一高校の土方のアシスト大道、富士吉田工業の柴田のアシスト川久保、佐賀大和高校の坂東のアシスト坂東裕理、慶安大附属の露崎のアシスト阿部、福岡産業高校の立花のアシストとして舞川、清須高校の赤井のアシストとして山賀、そして神崎高校の冬希のアシスト郷田が先頭交代をしながらメイン集団をコントロールしていた。
一応、逃げ集団を捕まえないようにペースはコントロールされていたが、捕まえに来ないのをいいことに、逃げていた6人はペースを落とし始めていた。
「これは、ゴールするのが10時過ぎるかもしれないな」
松平が汗を拭いながら言った。
ペースの遅い逃げ集団を捕まえないように走れば、メイン集団のペースも上がらない。そうなると、ゴールをする時間が遅くなり、気温が上がっていく中を延々走り続けなければならなくなる。
「逃げ集団を一度吸収するか」
柴田が、苛立ちを隠せない声で言った。
しかしここで逃げを捕まえてしまうと、またアタック合戦が始まり、今度はペースが早くなり過ぎてしまう。
「裕理、ペース上げねぇと潰すぞと、逃げ集団を脅してこい」
坂東が冷たい声で言い放った。
「えぇ!?兄貴、俺が行かんといかんと?脚使ってしまうやんか!?」
「チンタラは走ってる奴らを追いかけるのに、脚なんか使うかよ。つべこべ言わずにさっさと行け」
坂東裕理は、ヒイィ、と悲鳴を上げながらメイン集団から逃げ集団を追いかけていった。
脅しが功を奏したのか、逃げ集団はペースを上げた。
逃げ集団から下がってきた裕理が、ヒイヒイ言いながら、坂東と天野のところまで下がってきた。
「お疲れ様です」
裕理は、天野からボトルを受け取って頭から水を被る。
「全く、酷い目に遭った」
逃げている6人は、最後のステージで爪痕を残すために逃げに乗り、可能な限り逃げ続けて目立とうと考えている連中だった。できるだけ長い時間逃げるために、脚を温存しようとペースを落としたが、メイン集団が逃げを潰しに来ると裕理が脅すと、沫を食ってペースを上げた。
落ちかかったレースペースが戻ると、メイン集団では先頭交代に加わる選手が増えていった。
この選手たちも、記念にメイン集団を牽引しておこうという連中だった。
メイン集団の先頭を引いていれば、TVに映るチャンスも増える。スプリンターチームのアシストたちの前に、20人ほどのトレインができ、先頭交代の順番待ちの列となっていた。
スプリンターチームのアシストたちは、自分たちがレースをコントロールする必要がなくなったので、この先頭交代待ちのトレインの後ろで休むことにした。
ただ、日向、大道、川久保の3人はこの選手たちの列に残り、アタックをかけて逃げ集団に合流しようとする不届き者がいないか、監視する役割を行なっていた。
スタートから1時間が経過し、20周目のスタートラインを通過しようとした頃になると、補給のためにメイン集団の前にでるアシスト選手の姿が出始めていた。
補給を受け取るためには、メインストレートの手前でピットロードに入らなければならない。
受け取ってコースまで戻っている間に、メイン集団との差が開き、集団に戻れなくなるのを防ぐため、ピットに入る前にメイン集団より前に出て、その時間を稼ごうする。
補給のために、メイン集団からアタックをかけようとする選手たちは、メイン集団の先頭選手に、補給です、と一言いってアタックをかける。
逃げ集団に合流すると思われて、メイン集団に追いかけ回されると、補給の時間を稼げないどころか、自分も集団も疲弊してしまうことになる。
北薩摩高校の1年新海雅は、メイン集団の先頭交代が回ってきた。
ここでメイン集団を曳けば、後は集団から遅れてゴールするつもりだった。
メイン集団を牽引するなどということは無論初めてのことであり、しっかり役目を果たして日本中に自分の勇姿を見せつけるつもりだった。
垂水にある自宅では、両親がTVで応援してくれているはずだ。
新海は、気合を入れてメイン集団を牽引する。
空気抵抗を一身に受けながら走るのが、これほど苦しいということを、ずっとメイン集団の中で走ってきた新海は忘れかけていた。
最低でも半周、と空気抵抗と戦い続ける新海に、一人の選手が近づいてきた。
「補給なんだけど、行っていいかい?」
新海は、驚きで固まってしまった。
全国高校自転車競技会で総合優勝し、このインターハイでも総合2位を確定させた、神崎高校の船津だ。
新海は、全国高校自転車競技会にも出場していたが、第5ステージでタイムアウトになり、失格となっていた。
その後は、TVで観戦していたが、そんな大会で総合優勝した雲の上の存在だった。
「は、はい!」
新海は、緊張のあまり声が裏返っていた。
「ありがとう」
船津は、空気抵抗を感じさせないような、軽やかなダンシングでメイン集団の前に出て行った。
自分と船津選手の違いってなんだろう、と新海が考えていると、また新しい選手が上がってきた。
「補給行っていいっすか?」
新人賞のホワイトジャージを着た選手、洲海高校の千秋だ。
新海が答えようとすると、会津若松高校の日向が千秋の反対方向から上がってきた。
「ダメに決まってるだろう・・・」
日向は、呆れ返ったように千秋に言い放った。
新海は驚いたが、理由をすぐに思い出した。
千秋は一度、「便所に行く」と言ってアタックし、そのまま逃げ集団に合流したことがあった。その時のことがあったため、メイン集団からのアタックを拒否されることになったのだ。
千秋は下がっていくと、同じ洲海高校の丹羽に言った。
「ダメでした」
「自業自得だ・・・」
千秋は、完全に信用を失っているのと、言ってしまえばプロトンから嫌われてしまっているのだ。
「仕方ない、俺が行ってくる」
丹羽がメイン集団の前方に出て、そのままピットに向かって走っていった。
新海は、オオカミ少年の話を思い出していた。
「俺は、正直に生きていこう」
新海は、後ろの選手に交代の合図を送ると、その決意を胸に、コース右側の遅い人が走るレーンに入って下がっていった。
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