第209話 高校総体自転車ロード 第6ステージ (筑波サーキット)①

 午前7時15分、選手達の体調を考慮し、暑さを避けるために設定されたスタート5分前の集合時刻、概ね和やかな雰囲気に包まれていた。

 スタートラインの前の方は、スプリンターチームで占められている。

 清須高校や福岡産業も最前列に位置していることから、それぞれ赤井、立花で勝負するのだろうということが見てとれた。

 最前列と言っても、筑波サーキットはコース幅も広く、100名以上の選手達が並んでも、まだ横長の隊列になっていた。神崎高校の冬希、郷田の2人は2列目中央でスタートの時を待っている。

 4賞ジャージの4人は、スタートラインのさらに前に並んでいる。

 総合リーダーの露崎、スプリント賞の坂東、新人賞の千秋、そして山岳ポイント3位だが、1位の露崎が総合リーダー、2位の千秋が山岳賞のため、繰り下がりで山岳賞ジャージを着用することになった船津がいる。

 日南大附属のように、今日勝負するスプリンターのいない有力チームは、さらに後ろの列にいる。

 午前7時20分、大会運営の自動車を先頭にパレードランが始まる。

 和やかに始まるかと思いきや、我こそはファーストアタックを決めてやろうという、玉砕覚悟の選手達が前方を固めており、4賞ジャージの4人を飲み込んでいる。

 運営委員は、審判車のルーフウインドウから体を出し、スタートのタイミングを計っていたが、血気に逸った選手達が審判車のテールより前に出てしまっているため、スタートが切れないでいた。

 冬希は、ノロノロと走る隊列の中で、コースの中央に塗られている白いマーカーに気がついた。

「これが、スタート前に説明があった奴か」

 マーカーはコースの中央につけられており、遅い選手は右側を、速い選手は左側を走るというルールになっている。今日は周回遅れが多く出ることになる。そのための安全対策だ。

 基本的にはメイン集団を走ることになる冬希達は、左側を走る。

 結局、アクチュアルスタートは1周回った後のメインストレート上で切られることとなった。

「速い速い!」

 集団のあらゆるところから悲鳴が上がる。

 プロトンは一気にスピードを上げ、第一コーナーに選手達が殺到していく。

 第1コーナーは、メインストレートから登り切ったところにあり、下りながら右に転回していく。自転車とはいえ、スピードを出しすぎると危険だ。

 そこから緩やかに下っていき、第1ヘアピンカーブに差し掛かる。

 ここは下った先にあるが、外側から内側に向かって傾斜しており、バンク状になっている。

 第1コーナーより急なコーナーだが、バンクになっている分こちらの方がスピードを出したまま曲がれる。

 そこから右コーナーをこなした先に、第2ヘアピンカーブがある。

 こちらもバンク状になっており、そこそこスピードを出したまま曲がっていける。

 そのまま長いバックストレートがあり、最終コーナーを回るとスタートラインに戻ってくる。

 集団前方をハイスピードで飛ばしている数人は、もう切り離してしまおうと、スプリンターチームがメイン集団のコントロールに入る。

 先頭でかっ飛ばしていた7人ほどが、そのままメイン集団から切り離されて、逃げ集団となった。

 その中の一人が、第1ヘアピンで落車するのが見えた。

 冬希の見立てでは、必死に踏み続けようと、第1ヘアピンで自転車を傾けたままペダルを踏み、1番下まで踏み切った下死点のところでペダルの下面が地面に当たり、バランスを崩したように見えた。

「あれ、危ないな」

 郷田がポツリとつぶやいた。

「はい、曲がるときにはできるだけ踏まないように気をつけます」

 勝手にやってろとばかりに先頭7人を追わなくなったメイン集団は、ようやく落ち着きを取り戻した。

「郷田さん、さっきの落車を見て思ったんですけど」

「なんだ?」

「露崎さんがゴール勝負できなくなった場合、どうします?」

 露崎が、落車やトラブルでスプリント勝負できなくなった場合、勝負する必要が無くなるのかと、冬希は疑問に思った。

 もうスタートが切られており、冬希も勝負するつもりにはなっているが、郷田がどういう方針とするか知っておく必要があった。

「そうだな、それは困るな」

「困る?」

「今日、うちの学校は勝負するから見ておいてくれと、親に言ってしまったからな」

「よっしゃ、頑張りましょう」

 今日は勝負することは確定になった、と冬希は思った。


 メイン集団は、ずっとコース左側を走り続ける。

 ぼちぼち右側に、メイン集団から千切れた数名が走っている。もうサイクリングペースだ。

 ペースは遅そうだが、単独で走っているため、実はメイン集団よりきついのでは、と冬希は思った。50周あるうちのまだ5周も走ってないのだ。

「青山、郷田。今日は暑くなりそうだから、定期的に俺が補給のボトルとか取ってくるよ」

「ああ」

「助かります」

 今日はサーキットの周回コースで、ニュートラルカーやモトバイクからのボトルや補給食の受け取りはできないルールとなっている。その代わり、選手がピットロードに入り、自チームのエリアまで戻って、直接補給物資を受け取る手順となっている。 

 ピットインで補給を受け取っている間にその選手は、どんどんメイン集団から遅れていくことになるため、補給を受け取る選手は、補給に行くための時間を稼ぐ「補給アタック」を行うか、1周遅れにはなるが、次の周にメイン集団が戻ってくるまで、ピットで待機するという方法がある。

 走力の足りない選手は、後者を選ぶが、メイン集団でエースをアシストするレベルの選手は、意地で同一周回数を維持しようと、補給アタックを行う方を選ぶことになる。

 後者のメリットは、アシストがエースの側から離れる時間が、短くなるという点になる。

 前者は、ほぼ一周分の時間、エースから離れることになってしまう。


 ペースが落ち着いたメイン集団で、各選手のポジションに微妙に変化が見られ始めた。

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