第188話 高校総体自転車ロード 第3ステージ(霞ヶ浦〜筑波山)③

 逃げ集団は、山形の月山高校の「山岳逃げ職人」秋葉速人と、佐賀大和の元全日本チャンピオン坂東輝幸が主導権を握っていた。

 秋葉は、山岳ポイント狙いで、坂東は中間スプリント以外に興味はない。二人が協力体制を敷くのに障害はなかった。

 逃げ集団と並走するモトバイクが、逃げ集団とメイン集団の間に存在する、一人の選手とのタイム差を表示してきた。

 坂東達は、逃げが決まるまでかなり苦労を強いられたが、この選手は逃げ集団から追撃を受けることもないようで、どんどんメイン集団との差が広がってきていた。

 坂東や秋葉にしても、逃げるメンバーは一人でも多い方がいい。メイン集団が追ってきていないことを確認し、ペースを落としてこの選手を待つことにした。

 しばらくして逃げ集団は、単独でメイン集団から抜け出してきた洲海高校の千秋秀正という選手と合流した。

 洲海のジャージを着ているのを見て、先行して尾崎と合流するか、逃げ自体の邪魔をするためかと、坂東は、尾崎が千秋を送り込んできた真意をすぐに理解した。だが、一つだけ理解できないことがあり、坂東はこの1年生に質問してみることにした。。

「よくメイン集団から抜け出してきたな。どうやったんだ?」

「トイレに行きたいって言ったら、簡単に行かせてくれましたよ。まぁ、嘘なんですけどね」

「な・・・」

 勝つために、あらゆる手練手管を駆使する坂東も、千秋の言葉に流石に絶句した。

「そ、それは尾崎や丹羽の指示なのか?」

 秋葉が恐る恐るたずねる。

「まさか」

 ははっ、と笑う千秋を見て、坂東も秋葉も、メイン集団に残っている尾崎と丹羽に同情した。

「先頭交代回れるか?」

 気を取り直した坂東が、ダメもとで千秋に聞いた。

「先輩達から、先頭交代に加わるなって言われているんですよね」

 秋葉は渋い顔をしたが、坂東は、そうか、と一言いって逃げ集団のローテーションに加わっていった。

 千秋は、そのまま逃げ集団の最後尾につけて、尾崎達の指示通り、付き位置でレースを進めていった。


 逃げ集団は、筑波総合体育館の横を通り、不動峠への登りを開始した。

 登り始めると、踏める選手と踏めない選手が明確に分かれてきた。

 13人いた逃げ集団は、秋葉と日南大附属の小玉の二人のペースアップで次々に遅れ始め、不動峠を通過するときには6名まで人数を減らしていた。

 秋葉、坂東、小玉、逃げ屋の四王天、そして岡田が追いついてきた時にアシストする予定の清須高校の1年赤井、最後尾を指定席にしてしまった千秋。

 そして、メイン集団も逃げ集団から4分のタイム差で不動峠の登りに入っていった。

 一時期は7分を超えるタイム差がついたが、逃げに選手を送り込めていない慶安大附属の阿部と、神崎高校の郷田がメイン集団を牽引し、このタイム差まで引き戻していた。

 登りに入ると、阿部に代わって慶安大附属の植原がメイン集団を牽引し出した。植原は、今年の全国高校自転車競技会で総合2位で新人賞を獲得するほどの選手であるが、インターハイでは露崎という絶対的エースのアシストに徹している。しかし、登りではインターハイ出場者の中でもトップ10に入る力の持ち主で、植原が牽引を始めた瞬間、ずっと洲海高校に文句を言い続けていたスプリンターチームは、あっという間にメイン集団から千切れていった。

「植原め、結構いいペースで曳く」

 岡田は内心で舌を巻いた。

 あっという間にメイン集団も絞られ、30名程度まで減ってしまった。

 冬希は、全日本選手権前にかなり登りの練習をしたのと、勝手知ったる筑波山の登りということもあり、ぎりぎりメイン集団についていけていた。しかし、最後尾だ。

 不動峠までの道路は道が細いし、路面のアスファルトが荒く、凹凸も激しい。冬希は、なるべく舗装が良くて凹凸の少ないラインを通っているが、他の選手達はそうもいかず、体力と集中力を削られていった。

「頃合いだな」

 メイン集団から、岡田がアタックをかけた。一気にメイン集団を引き離しにかかる。

 岡田は、インターハイ3年連続優勝を達成している清須高校のエースを務めるだけあって、超高校級の登坂能力とキレのある脚を持っていた。

 丹羽、尾崎の洲海高校コンビが追おうとするが、二人とも一定ペースで登るタイプのため、岡田についていけない。

 他のチームのエースも追えない。

 この先、まだまだ一度下がった後に、もう一度筑波山を登ることになる。

 岡田はアシストの赤井が前で待っているからいいかもしれないが、他のチームはアシストを置き去りにしてまで岡田を追うリスクを負いたくはなかった。

 集団の先頭を走る植原はペースを上げ、一度岡田を追って集団を抜け出した丹羽、尾崎を吸収した。二人にしても、自分達単独で行くより、メイン集団内で走る方が体力を温存できる。

 冬希は、丹羽、尾崎を吸収する植原の動きでペースが上がったメイン集団から一瞬遅れかけるが、冬希も全日本に向けた練習で一定ペースで登る走りを身につけている。植原が丹羽、尾崎を捕まえたことで一瞬集団が落ち着いたタイミングでメイン集団に戻れていた。

 郷田は、登り初めの時点で既に仕事を終え、スプリンターチームと共にメイン集団から遅れてゴールを目指す集団「グルペット」に合流していた。逃げ集団との差を3分縮めた時点で、今日の仕事は終わっている。


 風返峠に設定された山岳ポイントを1位通過すべく、秋葉はペースを上げる。

 山岳が本職ではない四王天はすぐに遅れ、赤井も無理してついていかない。後から登ってくる岡田を待つためだ。

 秋葉と同じく山岳賞狙いで、山岳ポイントが欲しかった小玉も、秋葉の揺さぶりにより疲弊し、千切れてしまった。

 秋葉が山岳ポイントを1位通過し、全く争う姿勢を見せないで律儀に秋葉をマークし続けている千秋が2番手通過。100mほど遅れて坂東が3位通過で、4位の赤井は、山頂付近で足を止め、岡田を待ちはじめた。

 コースは、ルール上逆走するわけにはいかないが、止まることはできる。

 秋葉、千秋、坂東がくだりに入っていく中、赤井は山頂で岡田を待ち続けた。

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