第173話 高校総体自転車ロード 第1ステージ(霞ヶ浦一周)④

 先頭の2名を追うために、今日のステージを狙うスプリンターを擁するチームが中心となって、ペースを上げる。

 そんな中、総合有力勢は、残り3kmまで良いポジションで走るために、激しいポジション争いをしていた。

 静岡の強豪校、洲海高校もメイン集団の前方に3人固まっていた。先陣を切っているのは国体優勝経験もある丹羽だ。続いて昨年の全国高校自転車競技会総合優勝、尾崎、そしてインターハイのリハーサル大会で優勝した千秋が続いている。

 千秋秀正は、1年生ではあるが、山を登らせれば尾崎に匹敵するペースで登り切っていた。

 練習に対する積極性に欠け、上を目指そうという意欲が見られなかったため、部内での評価は芳しくなかったが、尾崎と丹羽の強い推薦でリハーサル大会の選手に選ばれ、同学年でトップと目される植原を破って優勝してしまった。

 インターハイの本大会でも、選手に選ばれたのだが、その姿勢にあまり変化は見られなかった。

 尾崎は、集団がペースアップする際に、千秋に

「先頭交代に加わってきてくれ」

 と指示を受けたが

「今日、仕事したくないっす」

 という返事をした。

 尾崎と丹羽は、苦笑しながら、わかったと答え、丹羽が先頭交代に加わり、チームとしての仕事を行なった。

 今年の全国高校自転車競技会で、1年生がステージ6勝を挙げて、各校が1年生の育成に力を入れ始めた。

 丹羽も尾崎も、次のエースは千秋しかいないと思っていた。

 しかし、千秋自身は、あまりやる気を見せない。丹羽と尾崎は、千秋がこの大会で何かを掴んでくれたら、と期待していた。


 清須高校の3人の前で、スプリンターチームのアシスト達が6人ほどでローテーションをして逃げている2名を追っている。

 清須高校としては、集団をコントロールする仕事をする必要がなくなるので、それは歓迎すべき事だった。

 1年生で、スプリンターの赤井は、並んで走る強豪校達の中で、神崎高校の青山冬希の姿を見つめていた。

 コーチの藤堂は、他校と自分達を比べる必要はないと、いつも部員達に言っていた。

 日本中の高校生自転車ロード選手の中で、お前達が1番強いのだからと。

 だから、清須高校が出場していない全国高校自転車競技会でどこが優勝しようが、全日本選手権で誰が優勝しようが、気にする必要はないと。

 部員達は全員そう信じていたし、自分達が最強であるという自負もあった。それは、赤井にしても同じだった。

 しかし、スタート前、赤井は藤堂から信じられない一言を言われた。

「赤井、神崎高校の青山の動きをしっかり見ておけ」

 藤堂としては、1年でステージレースの経験も浅い赤井が、勝てるスプリンターでもあり、また総合エースのアシストもこなす冬希から何かを学んでくれればと思って言ったのだった。

 しかし、藤堂は自分の一言が、どれほど赤井のプライドを傷つけたか、わかっていなかった。

 藤堂からすると、清須高校の部員達は、決められた厳しい練習を文句一つ言わずにこなす、従順な選手だと思い込んでいた。

 しかし、部員達にも、いろいろな思いがあるのだ。

 赤井は藤堂から、自分が同じ1年の冬希に劣ると、だから手本にしろ、見習え、と言われている様にしか聞こえなかった。お前達は最強だと言い続けてきたコーチにだ。

 高校自転車ロードの世界で、自分が最強だと思ってきた赤井にとって、他の1年を見て学べという指示は、屈辱以外の何ものでもなかった。

 血管が焼き切れるのではないかというほどの怒りを覚えた。

「あの程度のスプリント、俺にだってできないわけがない」

 藤堂に言われたとおり、冬希を観察していた赤井は、中間スプリントで1位通過をした冬希を見て思っていた。

「誰が最強か、コーチに思い知らせてやる」

 無理をしなければ、勝負してもいいと、キャプテンの岡田から許可は貰っている。

「見てろよ」

 赤井は、ドリンクボトルを手に取り、わずかに残っていた水を口に含み、飲んだ。

 

「なんかすごく見られているな」

 冬希は、インターハイ3連覇中の最強校の選手から睨まれていることに気がつきながらも、スプリントに備えて、呼吸を整え始めた。

 調子がよければ勝負するようにと、神崎高校理事長兼監督の神崎秀文からの指示を受けていた。

 冬希としては、別に中間スプリントで適当に走って、ダメです調子が悪いです、と言ってエースの船津のアシストに専念してもよかった。むしろ、昨日まではそうするつもりだった。

 だが、病院から帰ってきた平良柊、平良潤の兄弟が、家族が迎えに来るまでの間、うわ言のように「すみません、すみません」と冬希、郷田、船津の選手達や、神崎に謝り続けるのを見て、冬希は手を抜いて走るのを諦めた。

 ステージ優勝するなり、スプリント賞を獲得するなりして、

「いやー、二人が代わってくれたおかげで、いい思いをさせてもらいました」

 と、おちゃらけて見せるぐらいしなければ、彼らの心の負担は軽くならないのではないかと思った。

「第1ステージを勝てば、総合リーダーだ」

 柊と潤に対して、これ以上の手土産はないだろう。

 冬希は、初めて誰かのために勝ちたいと、本気で思った。

 そして、それが実現できるほど調子がいいことが嬉しかった。


 慶安大附属のアシスト2名に守られて、露崎は集団の状況を観察している。

 慶安大附属のトレインの右から上がってきた、会津若松高校のトレインに向かって話しかけた。

「おい松平。お前、俺相手にスプリント勝負するつもりか?」

「ああ、当たり前だ。俺だってスプリンターだ。戦う前から諦めたりはしない」

 松平自身、まだ肉体改造の途中で、まだ完璧とは言いづらいコンディションではあった。

 昨年の全国高校自転車競技会で、露崎が第1ステージから第3ステージまでのスプリントを全て、ロングスプリントで勝ってみせた。

 当時の有力スプリンター達は、露崎に対抗するために、トップスピードを犠牲にしてでも、息の長いスプリントができるように、スタイルを変更するしかなかった。

 だがその結果、今年の全国高校自転車競技会に現れた冬希のように、持続力が極端に短いが、トップスピードに秀でたスプリンターに対抗出来なくなっていた。

 そのことに気づいた松平は、持続力とトップスピードのどちらも犠牲にしないスタイルにすべく、肉体改造に励んでいた。そのため、春先以降は今日まで一切レースに出場していない。

 だが、持続力を維持しつつ、トップスピードを上げるという行為は、全能力値を底上げすることに等しく、思うように効果は上がっていない。だが、誰にも負けないスプリンターとなるには、もはやそれ以外の道はない。

「露崎、今日は足が折れてもお前を止めて見せるぜ、と言いたいところだが、今日は青山にも注意する必要がありそうだ。あいつもヤバい。俺の本能がそう言っている」

「へぇ、野生のゴリラの勘か?」

「そう、野生のゴ・・・何だって!?今あいだに余計な言葉が入ってなかったか!?」

「おい松平、遊んでるんじゃない。もうすぐ残り3kmのアーチだ」

 チームメイトの日向から叱られ、松平は前方に集中する。

 残り3kmのアーチを通過し、総合有力チーム達が下がって行き、スプリンターチームが上がってくる。

 洲海高校は、丹羽、尾崎、千秋の3名とも下り、神崎高校は、冬希だけを残して郷田、船津が下がっていく。福岡産業高校も、舞川、近田が下がって、立花で勝負するようだ。

 先頭は、松平の発射台でもある日向に代わる。続いて慶安大附属の阿部がおり、直後に露崎がいたが、松平が阿部と露崎の間に割って入り、草野、土方、柴田、冬希、立花、そして清須高校の赤井も含めて、団子状態になっている。


 落車や体調不良で、最終ステージを待たずにリタイアしたり、タイムアウトで失格になっていく選手達も少なくない中、強力なスプリンター達が全員揃っている第1ステージの、最も激しく、厳しいゴールスプリントに向けて、レースは残り1kmを切ろうとしていた。

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