第172話 高校総体自転車ロード 第1ステージ(霞ヶ浦一周)③
中間スプリントポイント通過後、新たに2名が抜け出したことで、メイン集団はまた落ち着きを取り戻した。
中間スプリントポイント狙いのスプリンターチームのペースアップにより、逃げ集団を捕まえてしまったため、1つのまとまったメイン集団では再度のアタック合戦が始まろうとしていた。
しかし、中間スプリントポイント通過直後に、山形の「山岳逃げ職人」秋葉がアタックをかけ、鹿児島の北薩摩高校の大山がそれに乗ったところでスプリンターチームと総合有力チームがメイン集団の前方を、横一列になって塞いでしまったため、その他のチームは出遅れてしまった。
現在は、先頭2名とメイン集団の差は3分まで広がり、メイン集団からアタックをかけて先頭2名に合流しようという選手もいなくなった。例え試みたとしても、3分差を追いつく前に、メイン集団に捕まってしまっただろう。
メイン集団をコントロールしているのは、清須高校の「ブルドーザー」山賀で、神崎高校の郷田、慶安大付属の阿部、洲海高校の丹羽が先頭交代に加わっている。
中間スプリントを1位通過した冬希は、ボディガードのように船津の傍らに控えていた。
慶安大付属の植原は、1つの懸念を抱いた。
冬希は中間スプリント1位で、3秒のボーナスタイムを獲得している。
それに対して、自分達のエース、露崎は中間スプリントには参加せずに、ボーナスタイムもない。
このままでは、露崎がゴールスプリントで1位になって3秒のボーナスタイムを獲得したとしても、冬希が同タイムで2位ゴールした場合、計5秒のボーナスタイムを獲得した冬希が、初日の総合1位、リーダージャージを獲得することになってしまう。
監督の西尾からは、初日から露崎に総合リーダー獲得を厳命されている。
先ほどの中間スプリントを見る限り、冬希の調子は良さそうで、ただ勝つだけではなく、秒差をつけて勝つというのは、簡単なことではないように思える。
「露崎さん」
「なんだ?」
「中間スプリント、獲らなくて大丈夫だったんですか?」
「獲ってもあまり意味はないだろう?賞金とか出ないんだろう?」
「賞金・・・ですか?」
植原は、露崎の口からでたあまりに俗っぽい言葉に絶句した。
「フランスのアマチュアレースだと、結構な額の賞金が出るんだよ」
「はぁ」
「フランスだと、毎週どこかでアマチュアのレースがあって、千円ぐらいで参加できるんだけど、レースを運営している人たちって、ほとんどがボランティアの人で、その分、中間スプリントとか、優勝とかで賞金がもらえるんだ」
露崎は、昨年の全国高校自転車競技会の第4ステージで優勝して、衝動的にフランスに渡ったため、最初に行わなければならかったのが、金策だった。
住む場所は、シャルル・ド・ゴール空港で偶然知り合った日本人ビジネスマンの伝手でなんとか確保できたが、生活費が底をつくのが時間の問題だったため、露崎はアマチュアのレースで賞金稼ぎのようなことをやっていた。
「じゃあ、アマチュアのレースで勝ちまくって、賞金で生活をしていたのですか?」
「いや、中間スプリントだけだ。レースに勝ってしまうと、ランクが上がって賞金を稼ぐのが難しくなるからな」
露崎は、フランスで1年間そんな生活を送っていた。
「これがバカにならなくてなぁ。日本の新人サラリーマンの年収ぐらいは稼いだかな」
フランスでは、自転車ロードの選手は、市民からも厚遇されることが多かった。練習後にロードバイク でカフェにいくと、他の客からコーヒーや食事を奢ってもらうこともあった。
「なるほど」
賞金が出ない中間スプリントを、狙いに行く理由がないという露崎の理論は、植原にも理解できた。しかし、逆にわからないことも出てくる。
「だとしたら、何故今さら日本に戻ってきてインターハイに出場する必要があったのですか?」
「ああ、それは別に目的がある」
極力お金を使わない生活をしつつ、賞金稼ぎを行なっていた時、たまたまそのレースに、プロチームの下部組織のコンチネンタルチームの若手が出場していた。
プロチームとは、自転車ロードレースの世界では、ワールドチームに次ぐ2番目に高いカテゴリのチームだ。
そのプロチームが、将来の選手育成のために作ったコンチネンタルチームの若手が出場するレースで、露崎は同年代の選手達を抑えて、再び賞金を獲得した。
「それで、チームの関係者に声をかけられて、そのチームに参加させてもらうことになったんだが・・・」
そこまで話したところで、メイン集団のペースが上がった。今日のステージを狙うスプリンターチームのアシストが、先頭集団を捕まえるべく、ペースアップしたのだ。
慶安大付属のアシスト、阿部が下がってきた。
「露崎、植原。リスク回避のために前に押し上げるぞ」
周りを見れば、総合の有力どころは全て前に上がっている。
ゴール前3km地点を過ぎれば、メカトラブルや落車による遅れが発生しても、先頭と同タイムでゴールしたとみなされる、救済措置がとられる。
総合上位勢は、このために3km地点までは、メイン集団の先頭付近に位置し、集団内で落車が発生して遅れるリスクを回避するために、自分のチームの位置を押し上げている。
集団内で、先頭が1番落車に巻き込まれにくい。
「植原、話は後だ」
植原は頷き、ポジション争いを始めたメイン集団前方に飛び込んでいった。
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