第174話 高校総体自転車ロード 第1ステージ(霞ヶ浦一周)⑤
雪崩のように押し寄せてきた80名ほどのメイン集団は、ゴールまで2km地点で、一気に先頭2名を吸収した。
殆ど平坦だった今日のコースだが、1カ所だけ山岳ポイントが設定されており、その地点を先頭で通過した山形の秋葉が、今日の山岳賞を決めていた。
「植原、あの青山って1年生スプリンターは、強いのか?」
露崎は、松平の一言で冬希に警戒心というよりも、興味を持ち始めていた。
「ええ、同じ1年として嫉妬してしまうぐらいに」
「中間スプリントも、1位通過していたな」
「はい、スプリント開始時にトップスピードに達するまでの時間が短いのと、そのトップスピードも全国のスプリンターの中でも恐らくトップレベルです。その分、持続距離は長くないようですが」
「なるほどな、ボーナスタイム3秒持ってるなら、ちょっと引き離しておかないとな」
植原は、露崎が勝つこと自体が既に決まっているかのように話していることに驚いた。
残り1kmで、コース左側の会津若松の日高を先頭としたトレインの逆サイドから、島根の八雲商業高校のトレインが上がってきた。吉田、木下、草野の3人だ。
吉田はいったん二人を先頭まで引き上げると、役目を終えて木下に先頭を譲って下がっていく。
木下が先頭に立った。直後の位置につけている草野は、絶好のポジションだ。
会津若松の日高を先頭とする左側のトレインと、八雲商業の木下を先頭とする右側のトレインで、それぞれスプリンター達の激しいポジション争いが始まっていた。
左側のトレインには、日高、阿部、松平、土方、その後ろに冬希と立花がつけている。
右側のトレインは、木下、草野、柴田のアシストである川久保、柴田、そしてインターハイ3連覇中の清須高校は赤井の他に岡田までいる。
岡田は、スプリントに参加するつもりはなかったが、今日のスプリントの結果を、自分の目で見届けたいと思っていた。
右側のトレインで、草野のアシストの木下に、柴田のアシストの川久保がポジションを奪うために体ごとぶつけに行っている。川久保に被せられると、木下の後ろにいる草野が包まれてしまい、発射できなくなる。木下は必死に抵抗する。
前方の選手達は、このアシスト同士のポジション争いに気を取られた。
万が一、この二人が絡んで落車した時、上手く避けなければ自分達も落車に巻き込まれることになる。
選手達の注意が前に集中した一瞬、露崎が動いた。
露崎は植原に、ちょっと行ってくるわ、と言うと、両側に突き出したそれぞれのトレインの間を一瞬で突き抜けていった。
左手に日高、右手に川久保と木下を見ながら、露崎はスプリントを開始した。
まだゴールまで残り500m。スプリントを開始するような距離ではない。だが、一瞬にしてメイン集団に20mは差をつけた。
「速い!」
植原は、信じられないものを見た。キレがあるというレベルの加速ではない。
カタパルトから射出された戦闘機のような加速で、露崎は突き抜けていく。
「これが露崎という男のアタックか」
清須高校の岡田は、呻くように言った。
「もう仕掛けたか!」
冬希は、完全に虚をつかれた。
「マジかっ」
赤井は、何が起こったか理解できていない。
「嘘だろ!?」
立花は、思わず残り距離を確認した。
冬希、立花、そして赤井も完全に意表を突かれたが、松平、草野、土方、柴田らの4大スプリンターと呼ばれる3年生エーススプリンター達は、すぐに反応して露崎の追撃に入る。露崎の戦い方は熟知している。
冬希達1年生スプリンターも、慌ててその後を追う。
松平達4人は、一塊となって必死に露崎に追い縋る。
500m付近からのスプリントは、彼らにとっても早すぎる仕掛けではあるのだが、ここで引き離されたら露崎には勝てない。それは去年立証されている。
その4人の後ろを、仕掛けが遅れた冬希、立花、赤井ら1年生スプリンターたちが追う。
だが、冬希の目には、4人の3年生スプリンター達は、徐々に露崎に離されているように見える。
「あの人、速すぎる」
残り300m。冬希は早すぎることは重々承知の上で、息が上がりつつある3年生スプリンター達の後ろから加速し、露崎を追うためにスプリントを開始する。
やむを得ない。150m付近まで仕掛けを待っていたら、冬希がスプリントを開始する前に露崎がゴールしてしまう。
冬希はペダルを踏む。切れ味も増した冬希のスプリントは、露崎との差を一瞬詰めたかに見えた。
露崎が、右の脇の下から後ろを見る。
メイン集団がおり、その先頭は松平達スプリンターだ。
露崎は、今度は左の脇の下から後ろを見る。
少しずつ追い上げてくる冬希の姿を視認する。
露崎、ギアをカチカチと二つ上げた。
追ってくる冬希を、一気に突き放した。
「ダメだこれは」
全力で踏んでいるにも関わらず、離れていく露崎の後ろ姿。
このまま踏み続けても、どうせゴールまでスタミナも持たない。
力の差がありすぎた。
ここで無理をしてもしょうがない。冬希は、脚を緩めた。
露崎は、一応ジャージの胸の部分の「慶安大附属」の文字を見せる姿勢だけはとりながら、喜ぶ風でもなく、淡々と第1ステージ優勝のゴールを通過した。
2位は、冬希をゴール直前で差し切った、清須高校の赤井が入った。
3位は冬希で、赤井と冬希は同タイムだが、二人とも露崎からは実に60mほども離されてのゴールとなった。
平坦ステージでは、集団でゴールすれば同タイム扱いとなるが、流石に2位に60m以上も差をつけた露崎は、メイン集団との3秒のタイム差が認められた。
続いて、松平、土方、草野、柴田、立花のスプリンター勢、そして岡田、尾崎、船津、近田ら総合有力勢はメイン集団でゴールした。
「多分、タイム差ついただろ?」
露崎は、ゴールしてきた植原、阿部とハイタッチする。
殆ど息を切らしていない。
殆どフィジカルだけで押し切られた。パワーでねじ伏せられた。
勝つためには、松平達のポジションで追いかけなければならなかった。冬希は完全に仕掛けが遅れてしまった。露崎のアタックに対応できなかった。その時点で勝機はなかった。
しかし出遅れなかったとしても、露崎に勝てたとは到底思えなかった。何より露崎はまだ余力を残している。
冬希のところに、郷田、船津がやってきた。
「どうだった?露崎は」
「あれはダメですね。差がありすぎる」
冬希は、小さく両手を上げて、お手上げのポーズをとった。
海外にも行きたくなるわけだ、と冬希は思った。あれだけ強ければ日本の高校生相手に走っていても、楽しくないだろう。
カメラマンや記者達は、当たり前のような顔をしている露崎を囲んでいる。
スプリント賞と新人賞は、冬希が獲得した。
だが、ただそれだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます