第167話 3人の関係

 冬希は、真理と春奈の勉強会に一緒に参加することとなった。

 春奈が提案し、真理が快諾した。

 放課後は、基本的には真理も冬希も部活があるため、勉強会はその後となるが、昼休みは3人一緒に過ごしている。

 冬希は、春奈が真理と勉強会を始めてから、部室で平良兄弟と一緒に昼食を取っていたが、食事中に平良兄弟が話す事は、母親の起こし方が激しいとか、犬の散歩中に家の近くに糞を放置する飼い主の悪口とか、冬希が出場しないインターハイの話とかで、特に冬希が居ても居なくても関係ないような状態だった。

 春奈と真理は、それぞれの得意教科を教え合いながら勉強しているし、冬希は、学校指定のノートPCを持ち込んで、溜まっている課題を静かに片付けていた。

 昼食は、冬希の教室に集まって食べて、その後に図書室で勉強会を行う。

 そんな中、真理がジッと冬希を見つめて、そして言った。

「冬希君、最近太ってきた?」

「ギクッ」

「あははっ、リアルにギクッっていう人、ボク初めて見たよ」

 春奈は愉快そうに笑っているが、冬希の現在抱える問題の1つだった。

「だって、その食べている量が」

 自宅から持ってきた弁当に加え、学食で買った焼きそばパン、あんぱん、クリームパンまで冬希のカバンから顔を出している。

「全日本が終わって、食事量を戻そうとしているんだけど、戻し過ぎた」

 ガックリと肩を落とする。見事に体重はリバウンドしていた。

「冬希君・・・」

「でも、冬希くんはガリガリしてるより、ちょっと肉がついている方がいいと思うよ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、今は食べる量はそのままで、めちゃめちゃ練習して体重を落とそうとしてるんだよね」

 冬希は、かなりハードなトレーニングをしていた。スプリント練習に加え、自宅ではローラーに乗る前に、腕立て伏せ100回、腹筋100回やってからインターバルトレーニングもやっている。

「体重が落ちるというより、なんか体が二回りぐらい大きくなってる気がするんだけど」

 真理が、冬希の肩や二の腕のあたりをぷにぷにと触ってくる。

「そうだね、太っているというより、なんかマッチョになって来てるのかも」

 春奈も、冬希の胸の辺りや太ももをなでなでと触ってくる。

「ちょっくすぐったい!」

 冬希が悶える。

「次のレースは大丈夫なの?」

 真理は、心配そうに聞いてくる。

「インターハイは、俺は出ないし、次の大きなレースは国体のブロック大会だから、9月かな。それまでにじっくりコンディションを整える予定」

「ところで」

 春奈は、話題を変えた。

「なんで真理ちゃんは冬希くんのことを下の名前で呼んでるの?」

「ああ、それは中学の頃に青山さんって女子がいて、数学の先生が区別するために、冬希って呼んでたんだよ。それでクラス全員から冬希と呼ばれることになった」

 冬希がことの経緯を説明する。

「だから、冬希くんの方は、真理ちゃんのことを荒木さんって呼んでるままなんだ」

「あ、そうだね」

「春奈も、荒木さんからは、浅輪さんって呼ばれてるんじゃ」

「そこでです!みんな下の名前で呼び合うようにしない?」

 そう言われてみれば、冬希は2人から下の名前で呼ばれているが、春奈は春奈で、真理は荒木さんだ。

 春奈は、真理と冬希を下の名前で呼んでいるが、真理からは浅輪さんと呼ばれている。

 下の名前で呼ぶと決めてしまった方が、楽かも知れないと思った。

「じゃあ、真理ちゃんからボクを呼んで」

「えっと、春奈ちゃん」

 真理は、多少照れながらもちゃんと言えた。

「よくできました!」

 春奈がパチパチと拍手をし、冬希もつられて拍手する。

「次、冬希くんが真理ちゃんを呼ぶ」

「はい」

 冬希は、緊張しながらも

「えっと、真理・・・・・・」

 と呼んだ。ちゃん、さん、をつけなかったのは、冬希なりに春奈とのバランスを考えたからだ。春奈が呼び捨てで、真理がさん付けだと、パワーバランスが、と思ったが、いきなり呼び捨ては流石に照れた。

 真理も照れているが、満更いやというわけでも無さそうだ。

「はい、はい、今後はこの呼びかたでいきましょうね」

 春奈はご満悦だ。真理から浅輪さんと呼ばれていたことは、地味にダメージを食らっていたようだ。


 そのまま日は流れ、冬希の贅肉は筋肉に変わり、さりとて体重が減るわけでもなく、3人の勉強会も進み、春奈も真理も成績が上がり、真理に至っては、中間考査から格段に学年順位が上がっていた。

 冬希も、溜まっていた課題を片付け、なんとか情報技術の授業での遅れを取り戻した。

 放課後、船津、平良潤、平良柊の3人のインターハイ選手がインターハイ開催地である茨城県へ出立した。

 サポートスタッフとして、郷田が翌日に現地に入り、冬希もスタート当日に茨城に向かう予定になっていた。


 冬希が選手たちを見送って、図書室に入ると、まだ真理は部活が終わっていないのか、そこには春奈だけがいた。

「真理はまだかな」

「うん、でも演奏はもう随分前に止まってるから、もうすぐくると思うよ」

「そうか」

 冬希は、春奈の向かいの席に腰を下ろし、ノートPCを取り出し始めた。

「冬希くん」

「なに?」

「この間の相談の件、明日話を聞いてもらえるかな」

「自分の中で、整理がついたの?」

 春奈は、黙って首を横に振った。

「ずっと悩んでたんだけど、ダメだった。どうしていいかわからないから、明日、話を聞いてもらいたいんだ」

 改めてこういう話しをするということは、電話などでは話したくない、大切なことなのだろうと冬希は思った。

「明日、学校でいい?」

「うん」

 明日は土曜日で、部活動のある生徒しか登校して来ない。冬希も真理も部活で出席するが、冬希以外の部員はインターハイに行っているため冬希は一人学校であまり練習することもない。練習量に関して言えば、自宅だけでもかなりハードなローラー練を行なっている。

 だから、学校で課題を進めようと思っていたので、丁度良い。

 そこまで話したところで、図書室の扉が開き、ファゴットのケースを抱えた真理が入ってきた。

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