第131話 千葉地区 女子自転車競技部 新人戦①

 冬希の新しい自転車が完成した。

 ネット上の動画サイトで、ツール・ド・フランスで活躍したスプリンターのバイク紹介の動画を見ながら組み立てたのだが、驚いたことに、前の自転車から引き継いだホイール、コンポ以外のハンドル、サドルなどは、そのプロが使用しているものと同じものを自転車屋の店主が用意していてくれたようだった。

「足を向けて眠れないよ」

 と冬希が母と姉の前で話していると

「あっちに足を向けて寝たら、北枕だからね」

 と身も蓋もない指摘をされ、冬希が絶句するのを見て、姉は笑っていた。

 冬希の家族は、全国高校自転車競技会で冬希が残した結果自体には大して興味が無いようだった。むしろ、若くしてその結果を残したことで、冬希が増長し、人間的に誤った方向に行かないかという点を危惧していたようだったが、いつも通り変わらない冬希の様子に、2人は安堵していた。


 登校の際に新しい自転車に乗り、放課後の自転車競技部の練習にも、参加することができた。自転車に乗るのは実に一週間ぶりのことだ。

 冬希はずっと練習を休んでいたわけだが、部の活動としては大会が終了して間もないことから、最近はずっと軽めの練習しかしていなかったらしい。

「まだ目標は先だからね。青山くんにとっても、いい休養になったんじゃないかな」

 練習から戻って部室で自転車のメンテナンスをしていると、自転車競技部の顧問も務める神崎理事長は言った。

「目標って、全日本選手権ですか?」

「そうだね、インターハイっていうのもあるけど、そっちは1校から3人までだから2名は全日本選手権に出てもらうことになると思うよ」

「全日本選手権って自分も参加資格はあるんですか?」

「参加資格の1つが、全国高校自転車競技会で、ステージ20位以内の成績を残した選手ってあるのだから、ステージ4勝した青山くんは、実はもうすでに条件をクリアしているよ」

「むしろお前が出れなかったら、日本中に参加資格を持つ選手はいないだろう」

 郷田が苦笑しながら言った。

「まあ、インターハイも、その前にある全日本選手権も、ステージレースではなく1日で終わるワンデーレースだからコースレイアウト次第でどっちに誰が出場するかを決める予定だ」

 船津が、冬希の肩に手を置きながら言った。船津も久々の練習参加となった。常に学校にはいたものの、冬希と同じく練習にはあまり参加できていなかった。それは、地方紙や自転車雑誌などからの取材の対応を放課後の応接室でやっていたからだ。

 冬希も、一緒に呼び出しをされることがあったが、大抵は一緒に写真撮影をして、すぐに解放されていた。課題に追われていた冬希に気を遣って、神崎や船津の方で応対してくれていたのだ。

 持つべきものは、理解のある先輩と顧問だなぁ、と冬希はしみじみと思った。

 

 春奈の新人戦の朝、冬希と春奈は、いつもの待ち合わせ場所で、いつもよりかなり早い時間に合流し、フレンドリーパーク下総へと向かった。

「結構遠いよね」

「これだけ走れば、現地でウォーミングアップの必要はないね。コースだけ何周か走ってみるといいよ」

「レースで気をつけることはある?」

「うーん、できるだけ均等に先頭交代に参加することと、先頭になった時に、頑張ってペースを上げないことかな。ペース上げると怒られちゃうから」

 冬希たちが、新人戦のあるフレンドリーパーク下総に着くと、そこには各校の車や、選手、自転車、そして先生などが居て、レースの準備が進められていた。

「うわぁ、なんか緊張してきた!」

「とりあえず、受付をしないとね」

 入り口から坂を登って、公民館の前まで来ると、冬希は春奈を送り出した。春奈はそこから駐車場を下っていき、コースの内側の芝生の広場に建てられたテントへと入っていった。

「カチコチだな。大丈夫か・・・」

 冬希が心配そうに見つめる。

「青山、全国ではすごい活躍だったな」

 冬希が振り向くと、そこには見知った顔があった。

「今崎さん」

 そこには、全国高校自転車競技会の予選会で戦った、今崎健がいた。

「今日はどうしてここに?」

 今日開催される新人戦は女子のみで、男子は夏に別途行われる予定になっている。

「サポートライダーだよ。序盤にペースを作ったり、落車した選手や、体調の悪い選手がいないかを注意しながら、一緒に走るんだ」

「そういえば、入学前に出ていたレースでは、プロの選手がやってたのを見た事がありますね」

「そうか、それなら丁度いい。お前も手伝ってくれ」

「へ?」


 スタートラインに並んでいる一年生女子たちは、緊張しているのかと思いきや、意外にリラックスして盛り上がっていた。そんな緊張感の欠ける雰囲気に、優勝候補筆頭と言われる大津幸子は不満だった。

「真剣さが足りないわ。勝つ気があるのかしら」

 幸子は、父親と一緒に自転車を始め、父親の所属する自転車ショップのチームで、男の人たちに混じり練習をしたり、車のサーキットで行われる耐久の自転車ロードレースに出場したこともあり、かなりレース慣れしていた。

 チラリと横を見ると、学校のジャージではない、普通のメーカー品のサイクルジャージを着て、ガチガチに緊張している選手を見つけた。

「この子は真面目ね」

 幸子は、一年生らしく緊張している春奈に好感をもった。その時、近くの子達が話す声が聞こえてきた。

「今日、あの人が来てるらしいよ!」

「え、誰!?」

「青山選手だよ!」

「えー、あの『光速スプリンター』の!?」

「うそ、このレース見に来てるの??」

 幸子に、衝撃が走った。全国高校自転車競技会は、毎年最初から最後まで欠かさず見ていた。今年は全10ステージを4K画質で録画保存までした。その中でも、青山冬希というスプリンターのレースは、幸子を虜にした。

「強い、そして勝ち方が美しい」

 インターハイなり、全日本選手権なりに出てくるのであれば、必ず現地まで行って生で見てやろうと思っていた。

 幸子が呆然としていると、場内放送が始まった。

『選手の皆様にご紹介します。本日のサポートライダーを務めて下さる方、まずは、おゆみ野高校の今崎健選手です。昨年の国体では総合8位の成績を収められました』

 駐車場から今崎がコースインして、スタートラインの前で止まった。

『そして、スペシャルゲストです。全国高校自転車競技会で、大会初の1年生でステージ4勝を挙げた、光速スプリンター、青山冬希選手です』

 冬希も、今崎に倣ってコースインする。選手たちは騒然となっている。

「今崎さん、本当に良かったんですかね」

「一人で全部見るのは大変だったから、助かったよ。青山」

 興奮冷めやらぬ雰囲気の選手たちを見て、冬希は不安になった。

 冬希と一緒に走れると知って、春奈は幾分気が楽になった。

 幸子は、憧れの冬希と一緒に走れることで、頭が真っ白になって失神しそうになっていた。


 10秒前からカウントダウンがスタートし、そして号砲が鳴り響いた。

「青山、まずは時速20kmで1周だ」

「了解っす。今崎さん」

 今崎の後ろに冬希が付く。

「青山選手の後ろは、誰にも渡さない!!」

 冬希の後ろに、鬼の形相の幸子が付き、冬希の後ろを走ろうと思っていた春奈が幸子の後ろに付いた。


 波乱の予感満載で、千葉地区の女子自転車競技部の新人戦がスタートした。

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