第130話 春奈の挑戦
「というわけで、ボトムブラケットという部品が足りなくって、放課後に自転車屋さんに受け取りに行くんだよ」
「ふーん、ていうか、なんでそんなにしょっちゅう自転車組んでるの?将来自転車屋さんにでもなるの?」
「やっぱり、そう思うよなぁ」
昼休み、2人で川沿いのベンチで弁当を食べた後、冬希と春奈は青空の下、日向ぼっこをしていた。日ざしもポカポカして気持ちのいい陽気だ。
「俺の自転車のコンポーネント外して、春奈の自転車組んで、俺の自転車のコンポーネント付けて、今度は新しいフレームにまたコンポーネントをつける。まだ3台目か」
「それ全部ここ2ヶ月の出来事だからね」
「うっ・・・」
春奈に突っ込まれて、冬希は返す言葉もない。
「で、いつ出来上がるの?」
「今日、軽く全部組んでみて、明日の放課後にローラー台でポジション決めて、だから明後日の登校時には乗っていけるかな」
「そっか、新しい自転車楽しみだね」
「ああ、だから今週末には、また朝のサイクリングを再開できそうだよ」
「やったね。でもずいぶん長いことやってない気がするね」
「えっと、3週間ぶりかな」
「そうそう、一年ぐらいやってない気がするよね」
「いや、そもそも俺ら出会ったのが先月なんですけど」
知り合って2ヶ月経ってないにしては、2人ともお互いに色々あった気がしていた。
2人でぼーっと空を見上げる。
「ねぇ、冬希くん」
「ほいほい」
「レースって楽しい?」
「うーん、難しい質問だ。でも、楽しいっちゃ楽しいかな?」
「どういう意味?」
「うんとね、レースって苦しかったり、面白かったり、プレッシャーを感じてキツかったり、一体感が楽しかったりするわけなのですよ」
「うん」
「最終ステージとか、苦しいが50で、立花を勝たせないといけないプレッシャーが30で、面白いと楽しいが10ずつぐらいだったんだよね」
「じゃあ、楽しいんじゃなくって苦しいんじゃないの?」
「引き算をすると、残るのは苦しいとキツいなんだけど、苦しくてキツいのが大きいからと言って、楽しいとか面白いが帳消しになるわけじゃないなと思って」
「なるほど」
冬希は、あまり上手い表現ではないと思いながらも、春奈はちゃんと理解してくれたようで、少し嬉しかった。
「苦しいとか、キツいって、走ってる間だけで、レースが終わってみると、楽しかったとか、面白かっただけが残ってるんだよね。だから、やっぱり今思えば楽しかったかな」
「そっかぁ、なんか羨ましいな」
春奈はベンチから立ち上がり、2、3歩歩くと、くるりと冬希の方にふりかえった。
「出てみれば?」
冬希は立ち上がりながら言った。
「え?」
「丁度いいのがあるよ」
冬希と春奈が訪れた理事長室で、理事長の神崎が上機嫌で1枚の紙を差し出した。
神崎は、祖父の葬儀を終えてから初めての出勤だが、その表情に陰はなく、むしろスッキリした明るいいつもの神崎に戻っていた。
「えっと、女子自転車部員、新人戦開催のお知らせ?」
「へぇ」
春奈が受け取った紙を、横から冬希も覗き込む。
「あの、私は自転車競技部の部員というわけではないと思うんですけど、出場できるんですか?」
春奈は心配そうに聞く。
「その点は、心配いらないよ。これは、全国高等学校体育連盟や、全国高校自転車競技連盟が主催するような、正式な大会ではなく、千葉県内の自転車部の一年生女子に、レースを体験させるために、近隣の学校で企画している大会だからね」
女子の自転車競技部、という形式ではなくても、自転車競技部に女子部員がいる高校も少なくない。そういった学校が集まり、あまりレースに出た経験のない一年生にレースを知ってもらおうと開催されているものだった。
「青山くん、君もその頃は自転車が仕上がっているんだろ?練習はお休みしていいので、試運転がてら一緒に行ってくるといいよ」
冬希と春奈は、顔を見合わせる。
「はい、わかりました」
「じゃあ、僕の方で申し込んでおくからね」
「よろしくお願いします」
2人は、神崎に頭を下げた。
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